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東大文一原理主義者・内山と「スーパー学歴タイム」【学歴狂の詩 第3回】

猿でない限り必ず東大文一に合格できる「内山メソッド」

 高校何年生の時だったか、内山は「東大文一に現役合格できなければ自殺します」と高らかに宣言した。周りはハイハイという感じで聞き流していたが、私は内山が本気で言っているのだということがわかった。おそらく私以外の者もわかっていたと思う。冗談でそんなことを言う人間ではないのだ。彼は発言こそナチュラルに過激だが、目立ちたがりでも何でもない素直で正直な人間だった。後に聞いたところ、彼は自分の家族にも「東大文一に落ちたら死にます。ここまで育てていただきましたが、その時はすみません」と話していたらしい。

 彼は前回とりあげた天才・濱ほど余裕の成績ではなかったので、死の可能性というのはそれなりにあった。彼は東大文一に受かるためにどうすればいいかという戦略を細かく立てており、その形相はつねに鬼気迫りまくっていた。 そのうちどうやら「内山メソッド」ともいうべきものが彼の中で完成したようで、そこには高校からの東大文一対策だけでなく、そこから逆算して、自分に子供ができたときにどうすれば東大文一に入れられるかという計画も含まれていた。

 まず神戸大学以上の大学出身者と結婚するところから始まり(彼は、国公立出身者でかつ社会を二科目やっている相手としか結婚しないと言っていた。大学を出てからはそんな話はしなくなったし、見ていてもその条件は取り払われたようだが)小学校一年生から公文式に入り、そこで四年生までにどれだけやって、みたいなことを聞いたが、詳細は忘れた。ざっくりまとめれば「自学自習できる力をどれだけ早期に身につけるか」ということを言っていたので、もしかすると今でいう武田塾の方向性に近かったのかもしれない。

 とにかく内山メソッドの完成によって彼はさらに自信を持ち、「計画を立てて然るべき時間を費やせば、猿でない限り必ず東大文一に合格できる」と豪語するようになっていった。これまた普通にそう言うので、ちゃんと計画を立ててやっているつもりなのになかなか成績が上がらない人にしてみれば「俺は猿ってことかよ!」という話になるのだが、まあ、猿ということなのだった。

 こうして順調に東大文一への階梯を上っているかに見えた内山だが、センター試験が終わると明らかに様子がおかしくなった。彼が何点だったのかも三千回ぐらい聞いたのに忘れたが、とにかく彼にとっては予想外の低得点で、東大文一現役合格に黄信号が灯ったようだった。私もまたセンター大爆死だったので他人の点数どころではなかったのだが、内山はとにかく「東大文一か、文二か」という選択に悩みまくっていた。そして「東大経済学部出身の成功者」を探しまくり始めた。別にそんな人はたくさんいるだろうと私は思ったのだが、彼の考える方向性に合った成功者というのはなかなか見つからなかったらしく、唯一彼が「発見した!」と私に伝えてきたのは「亀井静香」だった。亀井静香は東大文一なのだが進振りで経済学部を選び、その後わずかな民間勤めを経て、きわめて優秀な成績で官僚になっていたようだ。

 内山はこの「亀井モデル」を目指す前提で東大文二に出願するか、やはり当初の予定通り文一に突撃するのかということでかなり頭を悩ませており、京大志望者など眼中になかったはずの彼が、センター爆死後の私に「お前は法学部にするのか、経済か文にするのか?」と聞いてきた。さんざん内山の気合いがヤバかったという話をしてきてなんだが、私も特進コースで上位を争うキマり具合になっていたので、センターでボーダーの点数を三十点下回っていたにもかかわらず「法学部に決まってるやろ」と即答した。私は私で「私の京大合格作戦」という本を読みまくり、E判定やセンター爆死からの逆転合格の例を集めていたのである(この経験は光文社「ジャーロ」に掲載された『京大生黒ギャル交際事件』に活かされている)。私はもともと練習で同志社法を受ける気だったが、京大二次以外のことを考える時間を一秒でも減らすために受けるのをやめた。まさに京大OR DIEの状況に自分(と親)を追い込んだのだ。私に影響されたということはないだろうが、内山は最終的に東大文一への突撃を決めた。そして命のかかった試験に挑み、見事に現役合格を勝ち取ったのである。一方、背水の陣で京大法学部に挑んだ私の方は、アッサリ落ちた。成績開示の結果、センターで離された三十点差は、自分で得意だと思っていた二次でもほとんど詰まっていなかった。単純に実力が足りなかったのだ。

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佐川恭一

さがわ・きょういち
滋賀県出身、京都大学文学部卒業。2012年『終わりなき不在』でデビュー。2019年『踊る阿呆』で第2回阿波しらさぎ文学賞受賞。著書に『無能男』『ダムヤーク』『舞踏会』『シン・サークルクラッシャー麻紀』『清朝時代にタイムスリップしたので科挙ガチってみた』など。
X(旧Twitter) @kyoichi_sagawa

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