2022.4.9
東京と鹿児島の持ち家、二重ローンからの心地よい脱出
突然現れた、ふたりめの候補者
鹿児島での生活はとても刺激的です。植物の成長を観察したり、カメムシの捕獲方法を学んだり、本来、子どもの頃に経験するようなことが、私の欠けている何かを埋めていってくれるような気がします。
温泉へ向かう道中で見える空の色は毎日違っていて、霧島という名にふさわしく、霧が山間から立ち上る様の美しさったらありません。
ある夜、仕事に煮詰まって、庭に出て空を見上げると、ちょうど台風が横を通り過ぎるところでした。風に引きはがされるように、夜空を覆っていた厚い雲がものすごいスピードで流れていって、満点の星空が姿を現しました。壮大な情景を目のあたりにして、これが日常かと思うと、ここに住むことの価値を思い知らされます。
鹿児島での生活を満喫していると、2週間なんてあっという間です。気づけば東京に行く日が訪れていました。東京に行ったら行ったで、仕事はもちろん、移住したことでレアキャラになった私を誘ってくれる友人がいて、霧島茶や黒米を配っては積もる話に花を咲かせました。
その日は、北欧のテキスタイルブランドの撮影で、馴染みのカメラマンさんとスタイリストさんと一緒でした。光の注ぐハウススタジオで和やかに撮影を進めていると、ふと思い出したように、スタイリストの鍵山さんに「そういえば、マンションはどうしてるの?」と聞かれました。
粗大ごみを処分してクリーニングが終わったら貸しに出そうと思っていることや、短期で貸す話があったけれど事情があって流れてしまったことを話すと、鍵山さんがひと言。
「私、ちょっと興味ある。内見に行ってもいい?」
なんですと!
もとはと言えば、これも川村さんが繋げてくれた縁で、初めて川村さんとお仕事したときに鍵山さんともご一緒したのでした。
思い出に残っているのは、リバティプリントの撮影。打ち合わせでカメラマンさんが「モデルがリンゴをナイフで剝いていて、その皮が着ている服と同じプリントになっているとか……」と漏らしたアイデアに私も鍵山さんもすっかり惚れ込み、そこから派生して鍵山さんがケーキのキャンドルやポップコーンの容器、バラの花などにプリントを切って貼ってをしながらプロップを作ってくれて、それはそれは素敵な写真に仕上がったのでした。それももう10年ほど前のこと。
スタイリスト以外にも、自身でものづくりをしている鍵山さんなら、私の部屋を楽しんでくれる気がします。センスの良さはお墨付きです。
早速、内見の日程を取り付けて、我が家に来てもらうことになりました。その前に粗大ゴミの処分とクリーニングは終わっている予定です。タイミングも素晴らしすぎる。
もろもろの作業が終わり、本当にすっからかんとなった部屋に鍵山さんがやってきました。
この部屋のいいところも悪いところも全部知った上で住んでもらいたくて、好きに塗っていい壁、むしろ塗ってほしい壁、開きづらい網戸、南東と言いたいところだけどほぼ東であることなど、あれやこれやと伝えました。壁紙を指して「これ、モリス?」と、スタイリストさんらしい質問も。
屋上にも一緒に上がって、洗濯物をここに干すことや、天気がいいと富士山が見えること、仕事の帰りが遅くなったときは、時間外にこっそり取り込んでいることなど、このマンションに住んだときのイメージが沸くように、ここで暮らした14年の記憶を辿りました。
鍵山さんは終始笑顔で、マンションとの相性は悪くない様子。前向きに考えていることを前提に、来週に視える人に会うので、最終的にその結果を聞いて決めたいとのことでした。
頼む、オーラ的な何かよ。良き未来を映し出しておくれ。
その願いが通じたのかいざ知らず、翌週、翌々月の頭からお借りしたいですと連絡が入りました。