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藤原綾「女フリーランス・バツイチ・子なし 42歳からのシングル移住」

若者9人、おばさんひとり。42歳の合宿免許

25年前の中目黒の映像が、青春気分に水を差す

 合宿が始まる日の前日は、教習所近くにある鯉料理が有名な宿に泊まりました。夕食は鯉料理に次ぐ鯉料理が登場し、一生分の鯉を食べて眠りにつきました。
 翌朝は、旅館のご主人が教習所まで送ってくれることになっていて、同乗している間に新燃岳が噴火したときの話を聞いてみることにしました。
 2017年の噴火で火山灰が川に流入したことがニュースに流れた際、被害を受けた農家ばかりか、被害を受けていない周辺一帯の農家も取引を止められたり、勘違いを吹聴されたりと大変だったとのこと。やっぱり現地の人の声を直接聞くのが一番リアルです。

 教習所は開けた場所にあって、周辺はチェーン店がぽつりぽつり。山と畑に囲まれていて、謳い文句通り、星が綺麗に見えそうです。
 同じ日に入校したのは、私を含めて10人。想像していた通り、どう考えても私が最年長でした。若さがキラキラと輝いていて、東京ではすっかり見なくなったヤンキー衆3人も、この歳になると可愛らしく思えます。
 スケジュールを確認することすらせず、勝手に日曜日くらいは休みかなと思っていたら、そんな甘いものではありませんでした。朝から夕方まで学科と実技が詰め込まれ、夜は「満点様」というアプリを使った試験があります。生徒達から倖田來未と呼ばれていた担当教官からは、ハートがたくさん鏤められた励ましの言葉やフィードバックが届き、その上、私には仕事もありました。
 徒歩1分の距離に寮があって、食事は隣接しているスーパーか、歩いて10分のほっともっと、もしくは歩いて20分のコンビニしかありません。ファミリーレストランのお弁当付きプランもありましたが、なんだかそれも侘しくて付けなかったのに、散歩の時間ができるだけで内容は大して変わりませんでした。

 運転は下手ではありますが、褒めて伸ばすタイプの教習所のようで、教官はみんな穏やかでにこやか。この年になって怒られるのはダメージが大きいので、そのスタンスは助かりました。中には「ルールを守るっていうことはもちろん大切なんだけど、僕が伝えたいのは運転の楽しさなんです」と、素敵な言葉を放つおじさん教官も。
 両側にレンゲ畑が広がる開けた道や、ヘアピンカーブがある山道、教習車以外1台も見かけない高速道路など、この教習所だからこそ走れる道があって、それがとても楽しく、同時に東京で車を走らせることは決してないだろうと思うのでした。死が早まるだけです。
 学科も、そもそも授業が久しぶりだったので、その状況自体に心踊りました。
ただ、授業中に流れる映像は、どう考えても90年代に撮影されたもので、そこに登場する女の子は今はなき懐かしいブランドを身につけていました。
 後に事故を起こして多額の賠償金を背負う男の子が乗っている車はBMWで、みんな一軒家に住んでいる設定です。バブルはとっくに弾けているはずですが、それでも登場人物や街並みを見ていると、この2、30年の間に日本がどんどん没落していったことに気づきます。そして、この映像が撮りなおされることなく、今でも使われていることにも切ないものを感じました。

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藤原綾

1978年東京生まれ。編集者・ライター。早稲田大学政治経済学部卒業後、某大手生命保険会社に就職するも、大企業の闇に触れて逃げるように宝島社に転職。ファッション誌の編集を経て2007年に独立し、ファッション、美容、ライフスタイル、アウトドア、文芸、ノンフィクション、写真集、機関紙……と、節操なく仕事を受けてきた結果、幅広い業界で編集・執筆活動を行うことに。近年もブランドムック『ANNA SUI COLLECTION BOOK』、雑誌『小学一年生』、漫画『ごろごろにゃんすけ』(村里つむぎ)、書籍『つくるひとびと』(秋山竜次/ロバート)、小説『海の怪』(鈴木光司)、カタログ『LAZY SUSAN』など、極端なノンジャンルで活動中。

インスタグラム @id_aya

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