よみタイ

藤原綾「女フリーランス・バツイチ・子なし 42歳からのシングル移住」
バツイチ、シングル子なし、女40代、フリーランス。
編集者、ライターとして、公私ともに忙しく過ごしてきた。
それは楽しく刺激の多い日々……充実した毎日だと思う。
しかし。
このまま隣室との交流も薄い都会のマンションで、
これから私はどう生きるのか、そして、どう死ぬのか。
今の自分に必要なのは、地域コミュニティなのではないか……。
東京生まれ東京育ちが地方移住を思い立ち、鹿児島へ。
女の後半人生を掘り下げる、移住体験実録進行エッセイ。

シングルおばさん、いよいよ家を買う

定型文の「お世話になっております」に誠意はあるのか

 気になる物件に問い合わせをして、返信を待つ間に周辺がどんな場所か調べることにしました。該当の住所をGoogleのストリートビューで見てみると、どうやら畑の中にぽつぽつと家が建つ小さな集落のようです。
 以前見つけた温泉付きの物件は、高千穂峰の麓にあって、冬は道路が凍結することもあると聞いていました。
 今回見つけた物件があるのは、温泉付きの物件から車で15分ほど下った場所。標高もだいぶ下がるので、霜はおりても雪はそこまで心配しなくて良さそうです。霧島神宮にも車で20分弱なので、効力はきっと届いているはず。
 霧島市で一番大きな国分という地域にも20分弱で行けるし、徒歩では行けないにせよ近所には温泉がごろごろあります。
 一番近い公共交通機関であるバス停までは徒歩42分。車がないと生活はできませんが、それは既に覚悟の上。
 これで物件との相性がよかったら、私、決めちゃうんじゃないの? 40年以上暮らした東京を今さら離れるって本気? 自分でやっていることなのに、移住できない理由が欲しいような、移住しなければならない状況を誰かに作ってほしいような、物件の条件がよいとわかるほど妙な気持ちになるのでした。

 物件の写真をもっと見たいと問い合わせをした日の夜、早速不動産会社からメールがきました。現在はまだ入居中で室内の荷物が多いけれど、今週中には送ってくれるとのこと。署名も素朴で、ホームページのアドレスすら書いてありません。いわゆるバリバリのビジネスメールではないことも好感が持てました。定型文と化した「お世話になっております」よりも、顔を見ていない分、人間と話している空気が伝わってきたほうが安心します。
 大企業時代は、同じ企業内にメールをするだけなのに「弊G関係業務につきましては、平素より格別のご高配を賜り幸甚に存じます」なんて文言を、見えない力によって書かされていました。
 当時は、「お疲れさまでーす!」と送ったらどんな反応されるのかなあと、ぼんやり考えていましたが、出版社に転職したら社内の「お疲れさまでーす!」は日常茶飯事で、こっちのほうがよっぽど真っ当だなと思ったものです。

 不動産屋さんは恐らく、若い方ではないのでしょう。パソコンがあまり得意ではないと書いてありました。調べてみると、どうやらこの会社の代表のようです。掲載されている物件数も少ないことから、地元に根付いた昔ながらの不動産屋さんであることが予想されました。
 数日後、約束通り送られてきた写真は、確かにものに溢れ、生活感がしっかり漂っていましたが、それらが無くなった時の様子は想像できました。
 そして、私が心惹かれたのは、直径40cmはあろうかという大きな床柱でした。仏壇にはおじいさんとおばあさんの写真が飾ってあって、周りをたくさんの仏花が囲んでいます。まったく知らない人達の死がそこにあるのに、なぜか嫌な気はしませんでした。花々を見ても、周囲から大切にされていた人達だったこともわかります。告知事項にも入っていなかったことから、恐らく病院で亡くなったのでしょう。
 気になったのは、Google Mapを見たときには存在しなかった建物が庭の目の前に建っていることと、果樹園の木がすっかり枯れて荒れ果てていること。畑を始める必要があるのに、このままでは到底できそうにありません。
 それに、ここ数年で災害が起きた場所かどうかも確認しておいたほうが良さそうです。こんなことを不動産会社が知っているかどうかわかりませんが、自治会やゴミステーションの場所も合わせて聞いてみました。

 すると、また誠意に満ちた丁寧な返事が返ってきました。
 値引きしない分、果樹園はそのままの金額で畑にしてくれるよう売主と交渉すると書いてあって、荒れた果樹園付きの物件が、突如として畑付きの物件へと生まれ変わりました。
 南側に現れた建物は個人会社の事務所で、仕事柄たまに寝泊りすることがあるそう。実際に会ってくれていて、仕事の内容や事務所の様子、会ったときの印象が書いてありました。
 自治会は会費の値段まで調べてあり、ゴミステーションの地図とハザードマップが添付されています。国分の市街地や、その隣りの隼人姫城あたりは海抜が低く、過去には崖崩れや床下浸水も起こっているようですが、該当物件の周りは丘陵地帯で支障はなかったとのこと。
 また、売主さんが近くで酪農をしているそうで、何か困ったことがあるときは相談に乗ってくれるようにお願いをしてくれると書いてありました。
 
 このメールを見て、私は再び鹿児島の土を踏むことを決めました。
 先日会った不動産会社のシュッとしたお兄さんの顔が頭に浮かびます。焦って決めなくて、本当によかった。彼にとっては金にならない客でも、私にとっては一生もんの買い物で、その気持ちに寄り添ってくれる人から購入したいと思うのは、消費者としては当然なわけで。
 セルフレジも、コールセンターのAI化も、企業にとっては効率的。でも、消費者にとっては、サービスが低下したことに他ならず、社会にとっては人と人とのコミュニケーションがひとつ、ひとつとなくなっていくということです。
 私が住んでいる目黒のマンションは3階ですが、もともとはその真下の部屋に10年間住んでいました。郵便箱に入っていたちらしで、真上の部屋が売りに出されていることを知って、ここまで引っ越さないのに家賃を払い続けるのも馬鹿らしいと、何となく内見をしてみることにしました。
 そこには、エントランスで何度か見かけたおばあちゃんがいて、部屋をひとつひとつ丁寧に説明してくれました。ガスコンロを最近買い直したこと、毎日頑張ってお風呂掃除をしていたこと、マンションが建ったときに購入したこと、本当は住み続けたいけれど足腰が弱くなって施設に入らなければならないこと。
 ベランダを見ると、赤い花が咲いていました。毎年春になると、2階のうちのベランダに赤い花びらがどこからか落ちてきたのですが、その主はここにいました。
 おばあちゃんは、ずっと独身で洋裁の仕事を生業として生きてきたそうで、真下の部屋でひとり生きている私に共感してくれたようでした。
 そして、リフォームして転売を目論む不動産会社からの申し込みも多くある中で、そのおばあちゃんは私に売りたいと言ってくれて、私もこのおばあちゃんから買いたいと思ったのです。
 都会では、なんとなくこういうことが減ってきた気がします。これだけ人がたくさんいる東京なのに、多くの人が面倒な付き合いを断って自由を求めた結果、大切なものまで失われていったように思えます。

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藤原綾

1978年東京生まれ。編集者・ライター。早稲田大学政治経済学部卒業後、某大手生命保険会社に就職するも、大企業の闇に触れて逃げるように宝島社に転職。ファッション誌の編集を経て2007年に独立し、ファッション、美容、ライフスタイル、アウトドア、文芸、ノンフィクション、写真集、機関紙……と、節操なく仕事を受けてきた結果、幅広い業界で編集・執筆活動を行うことに。近年もブランドムック『ANNA SUI COLLECTION BOOK』、雑誌『小学一年生』、漫画『ごろごろにゃんすけ』(村里つむぎ)、書籍『つくるひとびと』(秋山竜次/ロバート)、小説『海の怪』(鈴木光司)、カタログ『LAZY SUSAN』など、極端なノンジャンルで活動中。

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