2024.8.11
美容初心者おじさんからご報告。私、化粧水のおかげで結婚することができました!
前回は、ここ20年間、自宅バリカンの坊主頭だった著者が勇気を出しておしゃれなバーバーに行ってみた話でした。
今回はいよいよ最終回。いきなりサプライズ報告からスタートします。
(イラスト/山田参助)
最終回 最愛のパートナーと共に挑む最大の挑戦、それは〝生活〟だ
私事で恐縮ですが、このたび結婚いたしました。本当です。この連載にもたびたび登場していためんこい彼女とめでたく夫婦となりました。内緒にしていてごめんなさい。謝る必要があるのかわからないけれど、とりあえず謝っておきますね。箝口令が出ていたわけではなく、何でもかんでもプライベートを明かす必要はないかなという考えと、とてもじゃないが結婚に向いているとは思えない私のこと、結婚生活が儚い夢で終わった際には「黙って結婚して黙って離婚してました」と報告するのが面白いかも? なんてしょうもないことを考えていました。いや、こういう照れ隠しは本当にダサいですね。認めます。私、今、ちゃんと幸せです。
最終回の冒頭からのろけかよとお思いかもしれないが、結婚という未知の海原に漕ぎ出す勇気を持てたのは、美容と健康に気を遣うようになってからの私自身の思考の変化が大きかったと思われます。
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「おのが欲望のまま天涯孤独に生きていくことこそ人生の美徳と見つけたり」
本気でそう考えていた数年前の私は、自分自身を大切にすること、しいては人間らしい生活を送ることに背を向けて、ひたすらに快楽を追い求める怠惰な日々を過ごしていた。
その結果、120キロを超える立派な肥満体に成長した私は、近所の子供たちから「太っちょゴブリン」と揶揄されたことをきっかけに、四十にして美容と健康に興味を持つことになった。
就寝前の化粧水にはじまり、朝晩のシートマスクは一日も欠かしたことはない。さよなら炭酸飲料、こんにちはルイボスティー。まさかのメンズメイク、憧れの二重瞼を手に入れろ。乱れた食生活の改善、自炊に挑戦だ。運動といえば縄跳びにチョコザップ、胃カメラ、ピロリ菌退治に健康診断など、美容と健康に良いとされることには見境なく挑戦してきた。白湯、デューク更家のウォーキング、納豆など、継続できていないものも勿論ある。いろんなものに夢中になったり飽きたりを繰り返しながら、答えのない美容と健康の世界を旅してきたここ一、二年間は本当に楽しかった。
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その結果、今まで何も労わってこなかったおじさんのボロボロボディは、ちょっとのセルフケアを経て見違えるような姿へと生まれ変わる。30キロ近い減量の成功、ゆで卵の殻を割った後のようなツルツルプヨプヨのお肌。睡眠時の寝つきも良くなり、ご飯も美味しく食べられるようになった。そして何より顔の表情が穏やかになったと周りから言われることが増えた。『みにくいアヒルの子』のような、まるでおとぎ話のような劇的な展開だ。
「美しく変わっていく私を許してね」と調子に乗っていた私だが、自分が生粋の飽き性であることは痛いほど自覚している。きっと長くは続くまい、これはひとときのお祭りに過ぎないのだから。いい年こいたおじさんが美容にハマるのは作品のネタにもなるし、どうせまたブクブク太り始め、あの自堕落な日々に舞い戻るオチだろう。まあそれも私にはお似合いだな。そんな風に考えていた。
そう、きっと一人ならそういう結末を迎えていたに違いないのだ。だが、それを許さなかったのがひとつ年下の妻であった。
私が興味を持ったことについて徹底的なリサーチを行い、美容初心者の私にでもできそうなプログラムを作成。この連載の執筆の下準備から写真撮影にいたるまでのサポート業務を全て担ってくれた。この連載が50回もの長きにわたり続いたのは、彼女の尽力無しには考えられない。心の底から感謝している。
思い返せば、出会った頃から有言実行の女であった。太っちょゴブリン時代の私に「あなたは可愛くなるポテンシャルがあるからね。私が毎日〝可愛い〟って言ってあげるから。だから頑張ってみようよ」と常に勇気づけてくれた妻。
私の作った何の変哲もない卵焼きを絶賛し、自分の料理を褒められるという生まれて初めての感動で涙が止まらなくなった私と一緒に抱き合って泣いてくれた妻。
「私と別れるようなことがあっても、化粧水をつけたり、バランスの取れた食事をとったり、自分を大切にする習慣をあなたに付けさせるのが私の役目だと思ってるの。私に愛されていた証拠を残してあげたい」と、悲壮なる決意を語ってくれた妻。
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今まで付き合った女性で、ここまで本気で私を変えようとしてくれた人はひとりもいなかった。歴代の恋人たちのような「だらしなさもあなたのいいところだからね。だから私のダメな所も許してね」なんて甘い言葉と協調はいっさいなし。ただ怒るだけではなく、常に規則正しい生活を心がけ、自分の背中を見せて私を育て直してくれた妻。
私という人間を根本から変えた、いや私の中に眠る可能性を見出してくれた恩人であり友人であり家族であり妻であるバイタリティの塊のような女性。誰かに妻の好きなところを聞かれたら「とにかく生命力に溢れているところです」と答えるようにしている。頑固者でひねくれ者の私は、他人の意見をあまり聞くことができないのだが、この人の言葉なら素直に聞くことができる。この人となら面白おかしい人生を一緒に送れるに違いない。そう確信した私は「結婚」を決意することができたのだ。
美容と健康を通じ、「自分の可能性」と「日々の生活」に興味を持つようになった。いや、将来に期待できるようになったと言った方が正しい。どちらも今までの私の人生には必要なかったことで、どちらも妻が教えてくれたことである。
なんだかちょっと悔しい。今度は私が妻の生活に何か影響を与えたい。寝ても覚めても「可愛いよ」と伝えることから始めてみようか。「何か企んでるん?」と疑われて終わりのような気もするが。
しかし、こんなむずがゆい話をエッセイに綴っていること自体が一番信じられない。だけど仕方のない話なのだ。引っ越しでも旅行でも就職でもなんでもそう。私は女性が絡まないと行動を起こせない男なのである。
と、のろけてはみたものの、誰かと一緒に暮らすことって非常にままならないものであるからして、大喧嘩をして家を飛び出すなんてこともたまにある。元を正せば100%私が悪いのだけれど、その荷造りの際にも、カバンの中には必ずお気に入りの化粧水とシートマスクを忍ばせるようになった。頃合いを見て後ほど帰宅するときには、ドラッグストアで見つけた珍しい化粧品を手土産に持って帰るのが私たちの仲直りの常である。
妻よ。君のおかげで、私はいかなるときも化粧水とシートマスクがないと生きていけない体になってしまった。これこそが君に愛されている確かな証なんだろう。姿かたちを変えて生活のいたるところに潜んでいる愛をこれから沢山見つけていきたい。
美容と健康に関するエッセイのはずなのに、気付いてみれば結局女絡みのことしか書いていない。この性根を変えるのはなかなかに難しいが、生き方をちょっと変えることならできるはずだ。人生の後半戦にさしかかったところで、今までで一番の強敵との闘いが始まろうとしている。その相手こそが「生活」なのである。
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