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爪切男「午前三時の化粧水」

パンダだって泣く。おじさんだって泣く。 【第3回 パンダの涙と化粧水】

爪切男、四十にして惑う?
ドラマ化もされた『死にたい夜にかぎって』で鮮烈デビュー。『クラスメイトの女子、全員好きでした』をふくむ3か月連続エッセイ刊行など、作家としての夢をかなえた著者が、いま思うのは「いい感じのおじさん」になりたいということ。これまでまったくその分野には興味がなかったのに、ひょんなことから健康と美容に目覚め……。

前回は、洗顔の大切さについていろいろ学んだ著者。
今回は、ニキビがつらかった青春時代の思い出からスタートします。

(イラスト/山田参助)

第3回 パンダの涙と化粧水

「人と同じようにパンダも泣く」ということを知ったのは、中学二年生のときだった。

 火傷のように真っ赤にただれた肌、顔だけでなく首までの広い範囲がフジツボのようなゴツいニキビで覆われた思春期真っ只中の私。
 その容姿と坊主頭が合わさり、クラスメイトからつけられたあだ名は〝ニキビ地蔵〟。
「みんなの分のニキビまで背負ってくれてありがとう」と手を合わせてくる奴までいた。子供のネーミングセンスってのは、いつの時代も鋭利で残酷だからイヤになる。

「この世が白黒だけの世界になったら、ニキビのことで悩まなくてすむのかな」と友達に弱音を吐いたところ、「白黒の世界になっても、ニキビがホクロみたいに見えるから意味ないで。ニキビ地蔵がホクロ地蔵になるだけやな」と身も蓋もないことを言われた。そんな彼は、今ユニクロの店長だ。

 これは自分の力でなんとかせねば、明るい未来が見えないぞと、こまめな洗顔、食生活の改善、クレアラシル、チョコラBB、アロエ療法、近所の皮膚科と、十四歳の少年にやれることは全てやった。
 それでもいっこうに好転せぬ現状に疲れ果てた私は、漫画雑誌の一番うしろによく載っている怪しい広告に最後の救いを求めた。

「中国福建省に住む野生のパンダ。そのパンダが流す涙で作った化粧水はどんな肌の悩みも解決するという伝説がある! かの楊貴妃も愛用したという逸品をお手軽価格の8888円で貴方のもとへ!」

 確かそんな内容だったと記憶している。
 なけなしの小遣いをはたいて購入したパンダの涙の化粧水は、注文から二日後、三重県から速達で届いた。
 見た目はいたって普通の化粧水。手のひらに数滴垂らし、くんかくんかと匂ってから、ぺろりと一舐め。なるほど、パンダの涙ってしょっぱくないんだな。
 純粋無垢な私は、何の疑いも持たず、ただひたすらに感動を覚えていた。

 説明書の指示に従い、毎朝毎晩、洗顔後に化粧水を顔に馴染ませる。だが、一週間が過ぎ、一か月が経てども、私の肌には何の改善もみられない。それどころか、症状が悪化している気さえする。まさか、パンダの呪いだろうか。
 外から差し込む月の光に照らされ、窓際に置いた化粧水が青白い光を放つ。
 少々乱暴な計算だが、容量が500mlということは、パンダが500mlの涙を流したということになる。そう、パンダをペットボトル1本分も泣かせた人間がこの世にいる。
 なんて救いのない世界、なんて悲しい化粧水なんだろう。
 美しくなるためなら、人はどれだけパンダをいじめても平気だというのか。
「そんなの……嫌だ……」
 私はほろほろと涙をこぼした。
 一生ニキビが治らなくてもかまわない。これ以上パンダを泣かせてはいけない。そう、パンダの分まで私が泣けばいい。

(次ページにつづく)

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爪切男

つめ・きりお●作家。1979年生まれ、香川県出身。
2018年『死にたい夜にかぎって』(扶桑社)にてデビュー。同作が賀来賢人主演でドラマ化されるなど話題を集める。21年2月から『もはや僕は人間じゃない』(中央公論新社)、『働きアリに花束を』(扶桑社)、『クラスメイトの女子、全員好きでした』(集英社)とデビュー2作目から3社横断3か月連続刊行され話題に。
最新エッセイ『きょうも延長ナリ』(扶桑社)発売中!

公式ツイッター@tsumekiriman
(撮影/江森丈晃)

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