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消息を絶ったホームレス区長候補者を探す選挙のない暑い夏

山に登る人に「なぜ」と聞くのと同じ。そこに選挙があるから出る

 簡易宿泊所を訪ねた私が入り口から中を覗き込むと下着姿の男性がいた。すいませんと声をかけると宿泊所の大家さんだという。
 空振りを覚悟で聞いてみた。

「こちらに武田完兵さんという方が泊まっていたと聞いたのですが」
「ああ。今もいらっしゃいますよ」

 ビンゴ!
 大家さんはそう言って、開けっ放しになっている一階の部屋を覗き込んで声をかけた。
「お客さんですよ」
「はーい」

 5分ほど待つと、帽子をかぶった武田完兵が部屋から出てきた。暑い部屋の中では裸でいたため、急いで服を着てくれたのだという。
 よかった。生きていた。しかも、思いのほか元気そうに見える。

無事に武田と会うことができた!(撮影/畠山理仁)
無事に武田と会うことができた!(撮影/畠山理仁)

「今はどうしてるんですか」
「生活保護を受けています。そこから月々3万円〜4万円を貯金に回しています。このペースで貯金を続ければ、2023年の台東区長選挙までに100万円の供託金を貯められそうです。また必ず選挙に出るつもりです」

 私はこの日、自立支援のNPOで働く友人から受け取った手紙で「ホームレスはホープレスだ」という言葉に触れたばかりだった。しかし、武田には「選挙」という希望(ホープ)があった。
 武田は食費を月1万円以内に抑えると決めている。安いスーパーで単価19円のうどんを買い、半額の商品を選んで買って節約をしている。すべては選挙に立候補するためだ。もし、2年半後の台東区長選挙に立候補すれば、武田にとっては10回目の選挙になる。
 それにしても、どうしてそこまで苦労して選挙に出るのだろうか?

「生活していて不満があるからね。私は台東区のまちづくりに参画できていないという思いがあるんです。私は浅草橋に駅ビルを作るべきだと思うし、隅田川に橋をかけたいという目標もある。それを主張できる機会が選挙なわけですよ」

 武田の主張は何度聞いてもブレない。私が「世の中の多くの人は立候補しようとしないじゃないですか」と言うと、武田は不思議そうな顔をしてこう答えた。

「そう? もっと出るべきだよ。みんなチャンスがあるんですよ。みんな勝手に出られる。出なきゃ出ないで波風は立たないけどね。出て落ちればいいし、出てればそのうち当選する。本当に庶民が政治家をやるようになれば、二世三世ばっかりが当選するなんてことにはならない。本当の民主主義になるよね」

 武田は現在、路上での演奏活動はしていない。かつて演奏をしていた歩道からは排除されてしまい、もう同じ場所には戻れない。

「もう完兵さんの演奏は聞けないんですね」

 私が残念そうに言うと、武田は一枚のビラを取り出した。
「今は台東区にある映画喫茶『泪橋ホール』で月・火・金の週3日、12時15分から13時30分までピアノを弾かせてもらっています。そこに来れば私はいますよ」

 ようやく連絡手段が確保できたことで私はひと安心した。しかし、最後にもう一度聞きたかった。なぜ、武田はそこまでして選挙に出ようとし、ピアノを弾き続けようとするのか。

「山に登る人に『なぜ』と聞くのと同じですよ。私はそこに選挙があるから出る。生きていく中で、政治は根本だとたどり着いたんです。人間、夢がなきゃ生きていけないでしょ」

(文中敬称略)

●映画喫茶・泪橋ホール(台東区日本堤2-29-10)にて月・火・金の週3日、12:15〜13:30までピアノ演奏中 (8月17日時点の情報です)。(撮影/畠山理仁)
●映画喫茶・泪橋ホール(台東区日本堤2-29-10)にて月・火・金の週3日、12:15〜13:30までピアノ演奏中 (8月17日時点の情報です)。(撮影/畠山理仁)

泪橋ホールでのピアノ演奏「Over the Rainbow」はこちらの動画で!

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畠山理仁

はたけやま・みちよし●フリーランスライター。1973年生まれ。愛知県出身。早稲田大学第一文学部在学中の93年より、雑誌を中心に取材、執筆活動を開始。主に、選挙と政治家を取材。『黙殺 報じられない“無頼系独立候補”たちの戦い』で、第15回開高健ノンフィクション賞を受賞(集英社より刊行)。その他、『記者会見ゲリラ戦記』(扶桑社新書)、『領土問題、私はこう考える!』(集英社)などの著書がある。
公式ツイッターは@hatakezo

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