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村井理子「犬と本とごはんがあれば 湖畔の読書時間」

川に身をゆだねた兄をめぐる記憶ー思い出はどこまで正確か

 私は兄が死んでしまうと思って、自分も川に入ろうとした。私が入れば、兄は驚いて戻るはずだ。父の手を振りほどいて川に入ろうとすると、父が私の手をぎゅっと握って離さなかった。そして次の瞬間、大声で「タカ! バカ野郎! 戻れ!」と叫んだ。

 兄は雷に打たれたように体を震わせて、そして我に返ったのだろう、青ざめた顔をして浅瀬に戻り始めた。母は呆然と立ち尽くしていた。両足、そしてスカートは水浸しだった。

 父は戻った兄を叱り、そして私たちは父の車に乗って自宅に戻った。父に手を引かれて河原を歩きながら、叱られて泣いている兄が気の毒で、私はじっと自分の足元を見ていた。

 水に流されたことで角が取れて丸くなった河原の石。白いサンダルと、足首のところで三つ折りにされたレースの靴下。父の茶色い革靴、グレーのスラックス。母の白いスカート、兄の黒いズボン。流れる水の音、心地よい風、その風に乗って届く水のにおい。すべてがはっきりと記憶として甦った。父の手の感触までも。

 そこまではっきりと甦ったものの、それが本当の記憶なのかどうか、私には自信がなかった。だから仕方なく、その記憶を文章にすることは諦めた。ようやく最後まで書き終わり、担当編集者に送り、参考までにと家族の写真も送った。その写真を探す過程で、河原で兄が叱られたこの日に撮影された、私と父の後ろ姿の映る写真を見つけたのだ。私は確かにレースの靴下を穿いていて、父はグレーのスラックスに茶色い革靴を履いていた。遥か後方にパンツ一枚になった兄が膝のあたりまで水に浸かった姿が映っていた。

 記憶は正しかったとわかり、うれしかったと同時に、兄が何を求めて水に入っていったのか、母は、父はこのとき何を考えていたのか、そんなことが気になって、しばらく考え込んでしまった。両親にとって、子育ては楽ではなかっただろう。そんなことにふと気づいたのだった。

 今回読んだのは福島あつしの『ぼくは独り暮らしの老人の家に弁当を運ぶ』だ。ページを開いて最初の写真を見た瞬間、これは見たことがある情景だとはっと息を飲んだ。キッチンの窓から差し込む白い光、積み上げられた鍋、棚にこびりつく茶色い油汚れの筋、べたつくクッションフロア。これは確かに見たことがある。これは私の実家の母のキッチンであり、兄が最期の日まで住み、私が片付けたアパートのキッチンだ。そう気づいた途端、ページをめくるたびに胸を貫かれるような衝撃を受けた。
 突然ぽっかりと穴が開いたような静かな空間にも、流れる時間は確かにある。一枚一枚の写真が物語る人生が、浮かび上がる情報があまりにも多くて胸が一杯になってしまい、まだしっかりとすべてを受け入れることができない。これが生きるということなのだと改めて考えさせられた一冊。圧倒された。きっと私は感動している。うまく書けなくて申し訳ない限りだ。

『ぼくは独り暮らしの老人の家に弁当を運ぶ』(福島あつし著/2021年8月/青幻舎)
『ぼくは独り暮らしの老人の家に弁当を運ぶ』(福島あつし著/2021年8月/青幻舎)
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村井理子

翻訳家、エッセイスト。1970年静岡県生まれ。琵琶湖畔に、夫、双子の息子、ラブラドール・レトリーバーのハリーとともに暮らしながら、雑誌、ウェブ、新聞などに寄稿。主な連載に「村井さんちの生活」(新潮社「Webでも考える人」)、「犬(きみ)がいるから」(亜紀書房「あき地」)。主な著書に『兄の終い』『全員悪人』(CCCメディアハウス)、『犬ニモマケズ』『犬(きみ)がいるから』『ハリー、大きな幸せ』『家族』(亜紀書房)、『村井さんちの生活』(新潮社)、 『村井さんちのぎゅうぎゅう焼き』(KADOKAWA)、『ブッシュ妄言録』(二見書房)、『更年期障害だと思ってたら重病だった話』(中央公論新社)など。主な訳書に『サカナ・レッスン』『ダメ女たちの人生を変えた奇跡の料理教室』『ゼロからトースターを作ってみた結果』『人間をお休みしてヤギになってみた結果』『黄金州の殺人鬼』『メイドの手帖 最低賃金でトイレを掃除し「書くこと」で自らを救ったシングルマザーの物語』『エデュケーション 大学は私の人生を変えた』『捕食者 全米を震撼させた、待ち伏せする連続殺人鬼』など。

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