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村井理子「犬と本とごはんがあれば 湖畔の読書時間」

亡くなった兄が汚れたアパートで飼っていたもの―強い怒りは時を超えて

 かめ吉が川に戻され、しばらくすると、今度はオカメインコの太郎と花子がやってきた。兄は、俺は花子を飼いたい、雌でかわいい顔をしているから花子がいいやと、私の意見を聞くこともなく花子を選んだ。私は、じゃあ私は太郎がいいと太郎を選んだ。私は太郎を可愛がって、言葉を教え、肩に乗せて過ごすようになっていたが、兄は花子をからかってばかりだった。だから花子は気の荒いオカメインコに育ってしまった。指を出しても太郎のようにやさしく乗ることはなかった。噛みつき、大声で鳴く花子。そんな花子を嫌った兄は、「俺、やっぱり太郎がいい。お前は花子にしろ」と言って私から太郎を奪い、そして花子を押しつけた。私はそのまま花子を可愛がり、神経質で怒ってばかりの花子をなだめ、そのうちそんな花子が大好きになった。太郎はぷっくりと膨れたかわいい子で、性格は穏やかなままだった。なぜなら、太郎がいいと私から太郎を奪った兄は、一ヶ月も経たないうちにオカメインコ自体に興味を失ったからだ。かくして、太郎と花子は私のオカメインコとなった。

 そして……もうそろそろ想像がつくかもしれないが、ある日突然、太郎と花子の住んでいた鳥かごが空っぽになった。学校から戻って玄関にランドセルを置いた瞬間、かごのなかに太郎と花子がいないことに気づいた。心の底から驚いた私は、母に必死で聞いた。一体、太郎と花子はどこに行ってしまったのか。あの子たちは、ここから飛び立てば、生きてはいけない。エサを取ることも飛ぶことさえできない。それなのに、一体どこへ行ってしまったのだ。母は平気な顔をして、友達にあげちゃった、もういらないからと言ったのだった。その時のことは今もはっきりと覚えていて、悲しさと絶望感で体が動かなくなった。
 
 兄の相続放棄手続きのために戸籍を取り寄せはじめてしばらく経過し、ふと気づいたことがある。私は父方の親戚には強い愛着を抱いているものの、母方の戸籍を見ると、どうしても母のこういった身勝手で残酷な一面が甦り、怒りを感じてしまう。腹の中からナタでも飛び出してきそうなほどの強い怒りで、あの当時の母が憎くてたまらなくなる。あのような母を作り上げたのは一体何だったのだろう。貧困なのか、それとも時代だったのか。母のことを考えるとき、私がどうしてもあと一歩を踏み込むことができないのは、彼女のこの残酷な一面が自分のなかにもあるのを恐れているからなのではないか。そうも考える。

 亡くなった兄が汚れたアパートのなかで飼っていた亀の名もかめ吉だった。それを知ったとき、この怒りを引きずって生きてきたのは、私だけではなかったと気づいた。

 今回は、私のお気に入りの一冊を紹介する。Pete Thorneの『Old Faithful: DOGS OF A CERTAIN AGE』だ。年を取った犬ほどかわいい存在はないと思う私だが、この写真集に登場する犬たちも、本当にかわいい。そして美しい。こうやって年齢を重ねることができた犬に、私はサムを、かめ吉を、太郎と花子を重ねている。写真一枚と、飼い主のコメントが載せられている。涙なしでは読めない。本当に幸せな子ばかり。サムに申し訳なくて、悲しくてたまらない。

Pete Thorne 著『Old Faithful: DOGS OF A CERTAIN AGE』(Harper Design/2015年10月)
Pete Thorne 著『Old Faithful: DOGS OF A CERTAIN AGE』(Harper Design/2015年10月)
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村井理子

翻訳家、エッセイスト。1970年静岡県生まれ。琵琶湖畔に、夫、双子の息子、ラブラドール・レトリーバーのハリーとともに暮らしながら、雑誌、ウェブ、新聞などに寄稿。主な連載に「村井さんちの生活」(新潮社「Webでも考える人」)、「犬(きみ)がいるから」(亜紀書房「あき地」)。主な著書に『兄の終い』『全員悪人』(CCCメディアハウス)、『犬ニモマケズ』『犬(きみ)がいるから』『ハリー、大きな幸せ』『家族』(亜紀書房)、『村井さんちの生活』(新潮社)、 『村井さんちのぎゅうぎゅう焼き』(KADOKAWA)、『ブッシュ妄言録』(二見書房)、『更年期障害だと思ってたら重病だった話』(中央公論新社)など。主な訳書に『サカナ・レッスン』『ダメ女たちの人生を変えた奇跡の料理教室』『ゼロからトースターを作ってみた結果』『人間をお休みしてヤギになってみた結果』『黄金州の殺人鬼』『メイドの手帖 最低賃金でトイレを掃除し「書くこと」で自らを救ったシングルマザーの物語』『エデュケーション 大学は私の人生を変えた』『捕食者 全米を震撼させた、待ち伏せする連続殺人鬼』など。

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