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村井理子「犬と本とごはんがあれば 湖畔の読書時間」
実兄の孤独死をめぐる顚末を、怒り、哀しみ、そして、ほんの少しのユーモアで描いたロングセラー『兄の終い』のほか、翻訳書『エデュケーション 大学は私の人生を変えた』『捕食者 全米を震撼させた、待ち伏せする連続殺人鬼』、発売即重版となった最新作のエッセイ『全員悪人』など、数多くの注目作を手掛ける翻訳家の村井さんが琵琶湖畔に暮らして十数年。
夫、10代の双子の息子、ラブラドール・レトリーバーのハリー君と賑やかな毎日を送っています。
公私ともに古今東西の書籍にふれる村井さんは、日々何を読み、何を思い、どう暮らしているのでしょうか。
人気翻訳家によるエッセイ+読書案内。

亡くなった兄が汚れたアパートで飼っていたもの―強い怒りは時を超えて

 昔、わが家にサムという名の犬がいた。私は当時小学生で、サムはどこかからもらわれてきた柴犬の雑種だった。玄関に置かれた粗末な犬小屋で、首に鎖で繋がれて日がな一日座っていた。

 最初は誰もが可愛がったサムも、かわいい子犬の頃を過ぎると、大人はあっという間に興味を失った。サムはよく吠える犬で、それは今になれば簡単に理由はわかるのだが(散歩が足りなかったという単純な理由だ)、当時、両親はサムが吠えるのを極端に嫌がった。私はサムが吠えるたびに怖くなった。いつかサムはどこかに捨てられる。誰かにもらわれて行ってしまう。どうにかしてサムを静かにさせなくてはと、自分なりに工夫して、サムと遊び、親の目を盗んではサムを部屋に入れて一緒に過ごした。

 ある日のことだった。ずっとお腹を壊していたサムに母が怒った。そして突然サムの首輪を外すと、大きな声で「もう帰ってくるな」と言って、追い出したのだ。私の記憶が正しければ、そして兄が私に嘘をついていなければ、サムはそのまま消えた。一度だけ家の前に戻ってきたような気もする。サムを心配した私が明け方にドアを開けると、あの子が赤い首輪をして立っていたような気がする。いずれにせよ、消えてしまったサムはさほど長生きできなかったのではないかと思う。

 サムがいなくなり、しばらくするとわが家に亀がやってきた。名前はかめ吉で、兄が家の前の川から捕まえてきた、10センチほどの大きさの亀だった。家の裏庭にあった石造りの水場にたらいのようなものを置いて、その中で飼っていたと思う。そのかめ吉はとても頭のいい子で、私と兄によく慣れた。呼べば来るし、手からエサを食べた。かめ吉はあっという間にどんどん大きくなって、私と兄の大事なペットになった。しかしある日、かめ吉までも姿を消した。これは後になって母が白状したことだが、母が川に戻したということだった。当時、亀がサルモネラ菌を持っていることが大きく報道され、それが原因らしかった。

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村井理子

翻訳家、エッセイスト。1970年静岡県生まれ。琵琶湖畔に、夫、双子の息子、ラブラドール・レトリーバーのハリーとともに暮らしながら、雑誌、ウェブ、新聞などに寄稿。主な連載に「村井さんちの生活」(新潮社「Webでも考える人」)、「犬(きみ)がいるから」(亜紀書房「あき地」)。主な著書に『兄の終い』(CCCメディアハウス)、『村井さんちの生活』(新潮社)、『犬ニモマケズ』『犬(きみ)がいるから』(亜紀書房)、 『村井さんちのぎゅうぎゅう焼き』(KADOKAWA)、『ブッシュ妄言録』(二見書房)など。主な訳書に『サカナ・レッスン』『ダメ女たちの人生を変えた奇跡の料理教室』『ゼロからトースターを作ってみた結果』『人間をお休みしてヤギになってみた結果』『黄金州の殺人鬼』『メイドの手帖 最低賃金でトイレを掃除し「書くこと」で自らを救ったシングルマザーの物語』『エデュケーション 大学は私の人生を変えた』『捕食者 全米を震撼させた、待ち伏せする連続殺人鬼』など。
家族の実話を描く近刊のエッセイ『全員悪人』が大好評、話題となっている。
最新刊は『ハリー、大きな幸せ』(亜紀書房)、および『更年期障害だと思ってたら重病だった話』(中央公論新社)。

ツイッター:@Riko_Murai
ブログ:https://rikomurai.com/

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