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村井理子「犬と本とごはんがあれば 湖畔の読書時間」
実兄の孤独死をめぐる顚末を、怒り、哀しみ、そして、ほんの少しのユーモアで描いたロングセラー『兄の終い』のほか、翻訳書『エデュケーション 大学は私の人生を変えた』『捕食者 全米を震撼させた、待ち伏せする連続殺人鬼』、発売即重版となった最新作のエッセイ『全員悪人』など、数多くの注目作を手掛ける翻訳家の村井さんが琵琶湖畔に暮らして十数年。
夫、10代の双子の息子、ラブラドール・レトリーバーのハリー君と賑やかな毎日を送っています。
公私ともに古今東西の書籍にふれる村井さんは、日々何を読み、何を思い、どう暮らしているのでしょうか。
人気翻訳家によるエッセイ+読書案内。

取り越し苦労の達人―落ちた自分を助けることが出来るのは

 十年ほど前から、私は取り越し苦労の達人となった。私の取り越し苦労は筋金入りだとよく言われるほど、本当に酷いと自分でも思う。特に、ここしばらくは年々悲惨なことになってきていて、何かを心配しはじめたら最後、そこから最低でも一週間は取り越し苦労の連続で、ついには食べものも喉を通らなくなる。ゲッソリとくるまで疲れ、恐れ、悩む……意味のないことに対して。それはだいたい数日間続き、そんな状況に自分が疲れて、「あれは一体なんだったんだ? ハイ?」と最後に気づき、あっさり終了する。そんなことを繰り返して生きてきた。本当にご苦労様と自分に言いたい。

 自分自身では、メンタル面は非常に安定していると思うし、それは確かに周囲からもそう言われる。人生が激し過ぎるから、安定せざるを得ないんじゃない? とも思う。それはそれで私の強みでもあるのかもしれない。しかし一旦落ちたら最後、とことん奈落の底まで行くというのは、やはり避けるべきと思う。頑固なまでに、落ちるときは落ちる。その粘り強さを、その強い力を、どうにかしてプラスの方向に持っていきたい。そう強く思いはじめたのは、子どもたちにその影響が及ぶことに気づいたからだ。

 息子たちが中学生になって環境が大きく変わり、私の取り越し苦労がスピードアップして、息子たちが困惑する機会が増えた。私の言うことが不安定過ぎて理解できないと言うし、心配しすぎで困るらしい。つまり、重いんだな。なぜそういうことが発生するかというと、私が、彼らの言葉の先の先を読んでしまう癖があるからなのではと思う。彼らを傷つけまいとして、何ごとも起きないように配慮しすぎて、自分でも意味のわからないことを言ったりする。そういう事態が至るところで発生する。
 担任の先生からかかってくる電話も、取り越し苦労期では先生の言葉の裏の裏を読もうとしてしまう。裏はないはずなのに、まるで確実にそれがあるかのように受け取り、考え続ける。迷惑な話だ。何も手につかず、気づくと水分まで取り忘れている! もう本当に最低だ。自分でもわかっているし、周囲の皆さんに迷惑なので、思い切って対策を取ることにした。

 誰かに相談すれば、それは更年期だねというリターンを受けること間違いないので、誰にも相談せずに一人で悶々と考え、そうだ、こういう時期は、自分を無理矢理でも再起動させようと決めた。滝行のようなものだ。打つべし、打つべし!

 まずは手始めに、ここのところずっと気になっていたことを書き出し、片っ端からすべてやってみた。まずは歯科医院の受診である。心臓手術は二回経験しているが、歯科医に診てもらうことが苦手で、ここ二年ぐらいサボっていた。だから、思い立ったら吉日とばかり、予約の電話をかけた。急いではいませんが、一番早い日程でお願いしますと鼻息荒く(しつこめの説明をつけて)予約し、三日後に立派な歯科医院の受付で、大真面目に問診票に記入している私がいた。この時点でも取り越し苦労は発生しているので、なぜ二年もサボったのですかと問い詰められるのではと心配し、「なにかご要望がありましたらご記入下さい」という欄に、「二年ぶりの診察で大変緊張しておりますが、何卒よろしくお願いいたします。最後まできちんと治療をしたいと考えております」などと、宣言のようなものを書いた。帰り際には、受付の方にも宣言した。今、これを思い出しつつ爆笑である。恥ずかしい。絶対に院内で話題になったと思う。

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村井理子

翻訳家、エッセイスト。1970年静岡県生まれ。琵琶湖畔に、夫、双子の息子、ラブラドール・レトリーバーのハリーとともに暮らしながら、雑誌、ウェブ、新聞などに寄稿。主な連載に「村井さんちの生活」(新潮社「Webでも考える人」)、「犬(きみ)がいるから」(亜紀書房「あき地」)。主な著書に『兄の終い』(CCCメディアハウス)、『村井さんちの生活』(新潮社)、『犬ニモマケズ』『犬(きみ)がいるから』(亜紀書房)、 『村井さんちのぎゅうぎゅう焼き』(KADOKAWA)、『ブッシュ妄言録』(二見書房)など。主な訳書に『サカナ・レッスン』『ダメ女たちの人生を変えた奇跡の料理教室』『ゼロからトースターを作ってみた結果』『人間をお休みしてヤギになってみた結果』『黄金州の殺人鬼』『メイドの手帖 最低賃金でトイレを掃除し「書くこと」で自らを救ったシングルマザーの物語』『エデュケーション 大学は私の人生を変えた』『捕食者 全米を震撼させた、待ち伏せする連続殺人鬼』など。
家族の実話を描く近刊のエッセイ『全員悪人』が大好評、話題となっている。

ツイッター:@Riko_Murai
ブログ:https://rikomurai.com/

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