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村井理子「犬と本とごはんがあれば 湖畔の読書時間」
実兄の孤独死をめぐる顚末を、怒り、哀しみ、そして、ほんの少しのユーモアで描いたロングセラー『兄の終い』のほか、翻訳書『メイドの手帖』や『エデュケーション 大学は私の人生を変えた』、発売即重版となった最新作のエッセイ『全員悪人』など、数多くの注目作を手掛ける翻訳家の村井さんが琵琶湖畔に暮らして十数年。
夫、10代の双子の息子、ラブラドール・レトリーバーのハリー君と賑やかな毎日を送っています。
公私ともに古今東西の書籍にふれる村井さんは、日々何を読み、何を思い、どう暮らしているのでしょうか。
人気翻訳家によるエッセイ+読書案内。

兄の部屋の焼酎4リットルパックが伝えるメッセージ―アルコールと距離を置いていたのなら

 少しヘビーな話になってしまうかもしれない。

 私の両親は二人ともアルコールに人生を狂わされたのではないかと、この歳になってひしひしと感じている。両親だけではなく、一年ほど前に孤独死した兄も、間違いなくアルコールに依存する暮らしを長年続け、病気になり、投薬治療を受けながらも断酒できず、最後は糖尿病が進行して視力まで衰え、そしてとうとう脳出血で亡くなっている。
 物心ついた頃から私の周辺には常に酒があり、酔っ払いがいた。実家がジャズ喫茶という少し特殊な環境に育った私だが、それに不満を持つとか、酒や酔っ払いに嫌悪感を抱くことなく育つことができたのは、それが両親の生き方であり、そんな暮らしを私を含め一家全員で楽しんでいたからだろう。二人の周囲に集まる人はみな、狭い漁港の町では目立つような人たちで、誰もが魅力的だった。自由奔放に生きることの楽しさを私に見せてくれたのが、両親含め、彼らだった。
 酒、本、音楽が溢れる、あのアンバー色の空間に集う人たちは、いつも明るく、楽しさを求めて自由に生きていた。あの空間だけが私にとって、薄暗い港町にある唯一の自由だったように思う。だからこそ、この年齢になって昔のできごとを思い出して、あの人たちが辿りついたところは、どこだったのだろうと考えてしまうのだ。私の両親にとってそれは、依存だったと思う。
 依存症というゴールまで突っ走った彼らは、結局それに人生の全てを縛られ、奪われ、自由など一切ない世界で生涯を終えたような気がしてならない。それは両親の最期を考えると、確信に近いものがある。
 兄が同じようにして依存症が原因と思われる疾患で亡くなり、彼の相続放棄手続きのために、父方と母方の祖父母、両親、そして兄の出生から死亡まで記載された戸籍を集め、結婚直後からの両親の軌跡を追うこととなった。父が生まれたのは、今はもう存在しない新潟県中魚沼郡戸外丸とまる村(現新潟県中魚沼郡津南町)という場所で、母が生まれたのは静岡市だった。二人が結婚し、最初に戸籍を置いたのは青森県八戸市で、そこから埼玉県川口市に転居し、そこで兄が生まれ、そして最終的に静岡県に移り住んだ。私はこの経緯を、調べるまで一切聞いたことがなかった。

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村井理子

翻訳家、エッセイスト。1970年静岡県生まれ。琵琶湖畔に、夫、双子の息子、ラブラドール・レトリーバーのハリーとともに暮らしながら、雑誌、ウェブ、新聞などに寄稿。主な連載に「村井さんちの生活」(新潮社「Webでも考える人」)、「犬(きみ)がいるから」(亜紀書房「あき地」)。主な著書に『兄の終い』(CCCメディアハウス)、『村井さんちの生活』(新潮社)、『犬ニモマケズ』『犬(きみ)がいるから』(亜紀書房)、 『村井さんちのぎゅうぎゅう焼き』(KADOKAWA)、『ブッシュ妄言録』(二見書房)など。主な訳書に『サカナ・レッスン』『ダメ女たちの人生を変えた奇跡の料理教室』『ゼロからトースターを作ってみた結果』『人間をお休みしてヤギになってみた結果』『黄金州の殺人鬼』『メイドの手帖 最低賃金でトイレを掃除し「書くこと」で自らを救ったシングルマザーの物語』『エデュケーション 大学は私の人生を変えた』『捕食者 全米を震撼させた、待ち伏せする連続殺人鬼』など。
家族の実話を描く近刊のエッセイ『全員悪人』が大好評、話題となっている。
最新刊は『ハリー、大きな幸せ』(亜紀書房)、および『更年期障害だと思ってたら重病だった話』(中央公論新社)。

ツイッター:@Riko_Murai
ブログ:https://rikomurai.com/

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