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村井理子「犬と本とごはんがあれば 湖畔の読書時間」
実兄の孤独死をめぐる顚末を、怒り、哀しみ、そして、ほんの少しのユーモアで描いたロングセラー『兄の終い』のほか、『ダメ女たちの人生を変えた奇跡の料理教室』『メイドの手帖』、そして昨秋刊行された話題作『エデュケーション 大学は私の人生を変えた』など、数多くの注目翻訳作品を手掛ける翻訳家の村井さんが琵琶湖畔に暮らして十数年。
夫、10代の双子の息子、ラブラドール・レトリーバーのハリー君と賑やかな毎日を送っています。
公私ともに古今東西の書籍にふれる村井さんは、日々何を読み、何を思い、どう暮らしているのでしょうか。
人気翻訳家によるエッセイ+読書案内。

汚部屋片付け作業動画が伝えるもの—部屋と住人の数だけ事情がある

 まったく自慢できることでもないとは思うのだが、一年半前に急死した兄の住んでいた部屋に足を踏み入れて以来、まったく片付けられていない部屋、通称「汚部屋」というものに強い興味を抱いてしまい、いわゆる遺品整理会社やハウスクリーニング会社の持つSNSアカウントをフォローするようになった。公開されている実作業の様子を見るのが趣味になってしまったのだ。なんという悪趣味だろう。しかし、このようなアカウントは、大変人気なのだという。

 大量のゴミや不要品がうずたかく積まれた部屋が、複数人の屈強な清掃スタッフによって見事に片付けられていく様は、何度見ても圧巻だ。ゴミを細かく分別し、処理していくその姿はまさに、プロ。ゴミ袋を「バサッ!」という大きな音とともに広げ、果敢にゴミの山に挑む人たちの背中が、「なんだかかっこいい……」とさえ思ってしまう。そしてなにより、悲壮感がない。さあ、やるぞ! きれいにしちゃうぞ! というあっけらかんとした明るさがある。兄の部屋を片付ける際に私が依頼した清掃会社の担当者の男性も、とても明るく、気持ちのよい人だった。テキパキと事務的に作業を進めてくれ、気持ちが軽くなったのを覚えている。

「最近、汚部屋掃除動画を見ちゃうんだよね、私って悪趣味だと思わへん?」と勇気を出して打ち明けた友人も、私の告白を聞いてから、気づけば自分も熱心に見るようになってしまい、そしてやめられなくなったという。やめられないその気持ちはよくわかる。決して愉快な類いの動画というわけではない。ただ、手のつけられないような酷い状態になってしまった部屋が、勇気ある掃除のプロ(中にはとんでもない状態の部屋もある)の手によって完璧に片付けられた瞬間、そこに住んでいた人、あるいは住めなくなってしまった人の悩みや苦しみまで、一瞬にして浄化されたような、そんな気持ちになるのだ。

 思わず、手を合わせてしまいそうになる。ああよかった。とてもきれいになりました。なんて美しいのでしょう! この部屋の住人だった人も、さぞ喜んでいることと思います。スタッフのみなさん、今回もありがとうございました……と、謎の感謝で胸がいっぱいになり、そしてスマホを置いて安心して眠りにつく。なんということだろう。私の精神状態は危機的状況なのだろうか。

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村井理子

翻訳家、エッセイスト。1970年静岡県生まれ。琵琶湖畔に、夫、双子の息子、ラブラドール・レトリーバーのハリーとともに暮らしながら、雑誌、ウェブ、新聞などに寄稿。主な連載に「村井さんちの生活」(新潮社「Webでも考える人」)、「犬(きみ)がいるから」(亜紀書房「あき地」)。主な著書に『兄の終い』(CCCメディアハウス)、『村井さんちの生活』(新潮社)、『犬ニモマケズ』『犬(きみ)がいるから』(亜紀書房)、 『村井さんちのぎゅうぎゅう焼き』(KADOKAWA)、『ブッシュ妄言録』(二見書房)など。主な訳書に『サカナ・レッスン』『ダメ女たちの人生を変えた奇跡の料理教室』『ゼロからトースターを作ってみた結果』『人間をお休みしてヤギになってみた結果』『黄金州の殺人鬼』『メイドの手帖 最低賃金でトイレを掃除し「書くこと」で自らを救ったシングルマザーの物語』『エデュケーション 大学は私の人生を変えた』など。
最新刊は、家族の実話を描く書き下ろしのエッセイ『全員悪人』。すでに好評、話題となっている。

ツイッター:@Riko_Murai
ブログ:https://rikomurai.com/

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