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村井理子「犬と本とごはんがあれば 湖畔の読書時間」
実兄の孤独死をめぐる顚末を、怒り、哀しみ、そして、ほんの少しのユーモアで描いたロングセラー『兄の終い』のほか、『ダメ女たちの人生を変えた奇跡の料理教室』『メイドの手帖』、そして昨秋刊行された話題作『エデュケーション 大学は私の人生を変えた』など、数多くの注目翻訳作品を手掛ける翻訳家の村井さんが琵琶湖畔に暮らして十数年。
夫、10代の双子の息子、ラブラドール・レトリーバーのハリー君と賑やかな毎日を送っています。
公私ともに古今東西の書籍にふれる村井さんは、日々何を読み、何を思い、どう暮らしているのでしょうか。
人気翻訳家によるエッセイ+読書案内。

夜な夜な眠りを妨げる過去の自分の発言-今夜も枕に顔をうずめて吐息をつく

 ここ数週間、夜、そろそろ寝ようとベッドに入り、布団をかぶってからがとても長い。中学生の頃から自覚していたほど眠りに落ちるまでに時間がかかるタイプなのだが、ここ最近は特に長い時間がかかるようになってきた。筋金入りの不眠症がとうとう悪化したとか、仕事に追われ、精神的に追いつめられて眠ることができなくなっているだとか、そういった危機的状況なのではない。夜な夜な、反省しているのだ。反省が止まらない状況なのだ。

 一日の仕事を終え、ようやくベッドに横になって目を閉じて思い出されるのは、これまでの自分の行いや発言のあまりの酷さばかりなのである。あれこれと考えては、なんてことだと自分に呆れ、枕に顔を埋めてため息ばかりついている。ため息を連発したあげく、「ぬおおお」と、声にならない声をあげて、愛犬を驚かせている。そんな自分が恥ずかしくて、布団をかぶってぎゅっと両目をつぶるものの、あまりの罪悪感になかなか眠りにつくことができない。

 特に、私を苦しめているのは育児についての自分の発言なのだ。わが家の子どもたちが中学生になって手が離れたことが大きいのだと思うが、ようやく子育てを冷静に考える時間ができたと思ったら、今までの自分の発言に呆れるようになってしまった。私のような人間でも、過去、悩みを抱えた人から、アドバイスを求めるメールをもらったことがある。それは例えば双子育児の悩みだったり(わが家の子どもは双子男児)、翻訳家になりたい方からのものであったり、病気の悩みであったりと様々だった。もちろん、その都度、自分にできる範囲で真剣に考え、返事をしたためたつもりであったが、先日ふと目に入った過去のメールの内容に、自分でも驚いてしまった。それは後輩から送られてきたもので、育児についての彼女の悩みが綴られていた。離乳食を食べてくれないといった内容だった。

 彼女の悩みは、小さな子どもを育てる人であれば一度は抱くようなものだと思う。私にも経験はあるし、もちろん本人にとっては重い悩みだったに違いないのだが、それは時間とともに解決するだろうから、あまり深刻に考えなくてもいいと、今の私は思う。当時の私も、そう思ったらしい。そして、そのままズバリ書いていた。

 悩みを訴え、丁寧に綴っている彼女に対して、私は「それはよくあることだから大丈夫だよ。あまり気にしなくていいと思うよ!」とあっさりと書いていた。そこまでは、まあいいとしよう。しかしその先が問題だった。私は延々と、自分が彼女と同じ状態で苦しんでいたときに、どうやって乗り越えたのか、どうやって体を休めて、そこから先を生き延びたのか、つらつらと書きまくっていたのだ。本当にどうでもいいことを。文面からは、うっすらと自慢のようなものが漂っている。いわゆる、先輩風だ。ああ、思い出すだけでつらい。

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村井理子

翻訳家、エッセイスト。1970年静岡県生まれ。琵琶湖畔に、夫、双子の息子、ラブラドール・レトリーバーのハリーとともに暮らしながら、雑誌、ウェブ、新聞などに寄稿。主な連載に「村井さんちの生活」(新潮社「Webでも考える人」)、「犬(きみ)がいるから」(亜紀書房「あき地」)。主な著書に『兄の終い』(CCCメディアハウス)、『村井さんちの生活』(新潮社)、『犬ニモマケズ』『犬(きみ)がいるから』(亜紀書房)、 『村井さんちのぎゅうぎゅう焼き』(KADOKAWA)、『ブッシュ妄言録』(二見書房)など。主な訳書に『サカナ・レッスン』『ダメ女たちの人生を変えた奇跡の料理教室』『ゼロからトースターを作ってみた結果』『人間をお休みしてヤギになってみた結果』『黄金州の殺人鬼』『メイドの手帖 最低賃金でトイレを掃除し「書くこと」で自らを救ったシングルマザーの物語』『エデュケーション 大学は私の人生を変えた』など。
家族の実話を描く書き下ろしのエッセイ『全員悪人』が4月27日に発売される。

ツイッター:@Riko_Murai
ブログ:https://rikomurai.com/

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