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酒井順子「言葉のあとさき」
時代が変われば言葉も変わる。
そして、言葉の影に必ずついてくるのはその時代の空気。
かつて当然のように使われていた言葉が古語となり、流行語や略語が定着することも。
言葉の変遷を辿れば、時代の流れにともなう日本人の意識の変容が見えてくる……。
近代史、古文に精通する酒井順子氏ならではの冴えわたる日本語分析。

「ハラスメント」という黒船

言葉のあとさき 第18回

 YouTubeで「おまえ」ソングについ夢中になった、という話を前回書きましたが、その流れで沢田研二の歌を芋づる式に聴いていたところ、昔の紅白歌合戦の映像に出会いました。
 それは、昭和四十九年(一九七四)の年末の、第二十五回紅白歌合戦。沢田研二は、「追憶」という歌(ちなみにこちらも「おまえ」ソング)を熱唱しました。歌いながら手から白鳩を出す、という演出が斬新なのですが、私がこの映像で注目したのは鳩ではなく、沢田研二を紹介する時の、司会の男性アナウンサーの言葉でした。
 この時、ジュリーの前に歌ったのは、紅組の由紀さおり。歌い終わったロングドレス姿の由紀さおりを、司会者(白組司会者だとしたら、山川静夫アナウンサー)は、
「由紀さんのドレスも長々と裾を引いていますが、今年なんといっても残念なのは、ミニからロングになってしまったことですね」
 と送り出してから、ジュリーを紹介していたのです。
 令和の世でこのフレーズを聞いた私は、「おお……!」という感慨を覚えました。これこれ、これが昭和なんだよね‥‥という、古傷が痛む時の懐かしさのようなものが胸に去来したのです。
 由紀さおりはおそらく、前年の紅白に出場した時、ミニスカートをはいていたのでしょう。アナウンサーはそのことを覚えていたから、「今年の衣装は長いスカートなので、美しい脚を見ることができず残念である」という気持ちを、ちょっとしたサービス精神とともに表現した。
 聞き分けのない女を張り倒すという沢田研二の歌が今では成立しないのと同様に、「今年はスカートが長くなってしまって残念」と、NHKアナウンサーが紅白において女性歌手を評するというのも、今ではありえないことです。それは、都はるみを「ミソラ」と言い間違える(意味がわからない方は、親御さんに聞いてみてください)よりもずっと危険な、セクハラ発言となるのですから。
 しかし当時、「セクハラ」という言葉も概念も、日本に存在しませんでした。ですからその言葉については由紀さおりも、そして視聴者も、由紀さおりに対する褒め言葉として認識したはず。
 NHKアナウンサーが、紅白歌合戦という一年を締めくくる番組で、女性のスカートの丈について言及しても何ら問題にならなかった、この時代。他の歌番組で、男性司会者が若い女性歌手にボディタッチしてキャーキャー言わせたりすることも、珍しくありませんでした。その手のいにしえのセクハラ行為を本気で採集したならば、貯蔵庫はすぐにいっぱいになることでしょう。

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酒井順子

さかい・じゅんこ●1966年東京生まれ。高校在学中から雑誌にコラムを発表。立教大学社会学部観光学科卒業後、広告会社勤務を経て執筆専業となる。
2004年『負け犬の遠吠え』で婦人公論文芸賞、講談社エッセイ賞をダブル受賞。
著書に『下に見る人』『ユーミンの罪』『地震と独身』『裏が、幸せ。』『子の無い人生』『百年の女「婦人公論」が見た大正、昭和、平成』『駄目な世代』『次の人、どうぞ!』『男尊女子』『家族終了』『ガラスの50代』『処女の道程』など多数。

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