2025.3.12
風邪をひいたら小田巻蒸し
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そんな話を聞いて、子どものときに母親がよく、小田巻蒸しを作ってくれたのを思い出した。寒いときには結構、頻繁に食卓に出てきた記憶がある。家族の誰かが風邪をひいたときには、必ずこれが出てきた。茶碗蒸しにうどんが入っている不思議なものだった。
「これは何?」
と聞いたら、
「小田巻蒸し」
といわれたので、ちょっと変わった名前と覚えていた。
最近は「茶碗蒸し」という言葉もあまり聞かなくなったし、それ以上に「小田巻蒸し」は聞かなくなった。茶碗蒸しは飲食店では出てくるけれど、小田巻蒸しはまず出てこないのではないか。私は外食で小田巻蒸しを食べたことがない。あれは家庭内で作る料理なのかもしれない。
そこで急に小田巻蒸しが気になって、ウィキペディアなど、インターネットで調べてみたら、もともと大阪市船場発祥の郷土料理とあった。まったく知らなかった。
「うどんもあるから入れちゃうか」
と主食とおかずをすべて一品で済ませてしまう、手間を省いた料理だと思っていたのだ。大阪出身でもなく、大阪出身の知り合いもいなかったはずの彼女が、どうして知っていたのかは謎だが、婦人雑誌を毎月何冊か購入して読んでいたので、それで知ったのかもしれない。
卵の分量が多いため、卵が高級品とされた時代に、船場の商家ではこれが贅沢なハレの日の料理だったという。具材の種類も、エビ、かまぼこ、椎茸、銀杏、鶏肉などの茶碗蒸しに入れるようなものに加え、百合根、鰻やアナゴの蒲焼きなどが入っていて、華やかなのでお祝い膳には欠かせなかった。新年の挨拶に来た来客にも供された。名前の小田巻蒸しは、中に入っているうどんの形状が、紡いだ麻糸を丸く巻いた「苧環」に似ているので、そう名付けられた。「小田巻」には特に意味がなく、ただ音に漢字を当てただけだという。
また完全栄養食材といわれる卵を使ったことから、病人食としても使われていた。戦前は大阪市内のうどん店で提供され、昭和三十年頃までは、秋になるとうどん店が店先に大きなせいろを出して、小田巻蒸しを蒸す光景が見られたという。しかし戦後の食生活の変化を受けて衰退した。ただし今でも細々と飲食店で提供されているとのことだった。
類似の料理として、「茶碗蒸しの材料にうどんの麺を入れたものは、小田巻きうどんと呼ばれる。こちらは小田巻き蒸しとは異なり、うどんが主体の麺料理」になるのだそうだ。
以上がインターネット上で得た情報である。関西の人にはとてもなじみがある料理なのかもしれない。私が食べていたのは、茶碗蒸しの具があり、それにうどんが加わったものだったので、やはり小田巻蒸しだった。
当時、小田巻蒸しを食べた感想は、それなりにおいしくて嫌いではなかったが、私としては茶碗蒸しのほうが好きだったので、うどんは入れないほうがいいと思っていた。うどんが入っていると、茶碗蒸しのプリンのような感じが損なわれるので、そこが気になった。小田巻蒸しが食卓に出たときに、御飯もあったかどうかは記憶にない。
そうなると、小田巻蒸しは主食なのか、副菜なのかというところがわからなくなる。お祝い料理として用いられたというところからすると、正月であれば雑煮が供されるはずなので、小田巻蒸しは主食ではなさそうだ。現在、外食で供される小田巻蒸しはあるのかと、またまたインターネットで調べていたら、二〇一五年の記事だが、船場の老舗うどん店で予約をすれば食べられるという、小田巻蒸しがカラー画像入りで紹介されていた。
丼の蓋を開けた画像を見たとたんに、
「わあっ、おいしそう」
と声が出るような、大ぶりの具材がのっている小田巻蒸しが登場した。私が家で食べていたような、ちまちまと小さな食材が入っていたものとはまったく違う。エビ、鶏肉、さわら、アナゴといった具材のすべてが大きく、彩りも美しく豪華なものだった。そしてその下にはうどんが入っている。
この画像を見てはじめて、お客様をもてなすハレの日の料理だったということがよくわかった。きっと吟味された器に盛られて、器との取り合わせも美しかったことだろう。発祥の地のうどん店でも手間がかかるということで、だんだん作られなくなっていったらしい。私は家で体調不良のときに供されるものが、正しい小田巻蒸しだと思っていたのだが、あれはただ茶碗蒸しにうどんを入れただけのものということがわかった。あのそばちょこの兄貴分みたいな茶碗蒸しの器では、小田巻蒸しのよさが半減する。最低でも蓋付きの丼くらいの、ある程度の大きさがなければ、本来の小田巻蒸しとはいえない気がした。
私がインターネットで検索した範囲の話だが、都内のうどん店のメニューで、小田巻蒸しがある店はなかった。二〇一五年の記事の老舗うどん店はまだ営業を続けているようだ。今でも予約をして食べられるのであれば、小学校低学年以来まったく食べていない小田巻蒸しの「本物」を食べてみたいと、珍しくテンションが上がってきたのだった。
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次回は4月9日(水)公開予定です。
