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「手芸」を通して失われた地域のコミュニティを再興する@石川県珠洲市・本町ステーション【後編】

社会構造の中で「手芸」はどのように捉えられてきたか

名古屋出身の宮田さんは、東京のデザイン専門学校でファッションデザインを学び、テキスタイル関係の企業に5年勤務した。企業では企画や生産管理などの事務が多く、自分で手を動かしたいと思っていた頃、家庭用編み機と出会い、仕事を辞める。1年間ドイツでニット研究を行い、改造した家庭用編み機や手芸の技法を用いて、テキスタイル、ファッション、アートの領域を横断するような作品を制作するようになった。

帰国後の2016年、名古屋市の港まちエリアで行われていたアートプログラム「Minatomachi Art Table, Nagoya(MAT, Nagoya)」の企画の一つ、スタジオプロジェクトに参加。滞在制作を通して、かつては手芸店で賑わったという地域の歴史を知り、翌年「港まち手芸部」を発足。これが今も続く「手芸部」プロジェクトの始まりとなる。

最初の動機は、91歳の手編みの達人に学び、技術を地域の人々と共有したいと思ったことだった。様々な世代が集ううちに、手芸から派生し、人生を学び合う場にもなった。宮田さんは今も毎週木曜10時に開かれる「港まち手芸部」を企画運営しているが、活動の主体は参加者にも引き継がれている。

「港まち手芸部」 撮影/山田憲子 画像提供/港まちづくり協議会
「港まち手芸部」 撮影/山田憲子 画像提供/港まちづくり協議会
「港まち手芸部」 撮影/岡松愛子 画像提供/港まちづくり協議会
「港まち手芸部」 撮影/岡松愛子 画像提供/港まちづくり協議会

続いて金沢市で「金石手芸部」(2021)、名古屋市緑区有松で「有松手芸部」(2022)、広島市で「せんだまち手芸部」(2023)を展開。アート・プロジェクトの場づくりは目に見える空間だけでなく、そこに集う人々の意識や関係性の変化など、目に見えないものを作る。手芸部の活動を通じて宮田さん自身も変化し、この活動に社会的な意味があることも意識するようになった。

「参加者の会話の中で、高い技術を持っているのに『趣味だから』と謙遜したり、『夫に従わなきゃいけない時代だったから――』と話す言葉を耳にしたりしたのをきっかけに、フェミニズムや文化人類学などの本を読み始めました。そこから、社会構造の中で女性たちがどういう立場に置かれてきたかを考えるようになったんです」。

宮田さんは、港まち手芸部の作品集『Knitting’ n Stitching Archives』を2022年に私家版として、2024年に増補・再編集して出版社から刊行した。そこに視覚文化論、美術制度史、ジェンダー論を専門とする奈良女子大学生活環境科学系教授・山崎明子氏が論考を寄せている。山崎氏は「国際芸術祭あいち2022」の展示で宮田さんと会い、「手芸部」の活動を高く評価している。

港まち手芸部のインタビュー+作品集『Knitting' n Stitching Archives』
港まち手芸部のインタビュー+作品集『Knitting’ n Stitching Archives』

山崎氏の著書などから学んだ知識をもとに、宮田さんは、日本における手芸の受容史を端的に教えてくれた。
「刺繍や編み物など糸や布を用いる『手芸』は、明治維新以降の近代化の中で、西洋の宣教師から、“女性の手習い”として日本に伝えられたそうです。女性だけがその教育を受け、家父長制とあいまって、裁縫や手芸は女性が家の中でするもの、趣味的なものとして矮小化されてきた歴史があります。技術が高くても、男性中心に構築されてきた『美術』『工芸』と比べて価値が低いとみなされてきました」。
そのように周縁化されることは作り手の内面にも影響し、謙遜に繋がってしまうと思われる。

特に刺繍や編み物は、日本では“お教室文化”として発展した。また、家庭用編み機はミシンとセットの花嫁道具として普及したのだそう。「家庭用編み機は70〜80代の皆さんはよくご存知で、編み機はミシンより習得に時間がかかるので、家で眠っているという方が多いんです」。一方、ヨーロッパではテキスタイル科に当然のように編み機があるという。宮田さんは家庭用編み機を改造し、美術制作にその力を存分に発揮させている。

さらに、かつてファッションの仕事をしていた経験から、「同じ技術であっても、ファッションブランドで作られるかぎ針編みのバッグを“手芸的なファッション”と形容することはないんですよね」と言われ、ハッとした。
「技術的には一緒なのに、誰がどういう場所で作ったものか、家の中で作られたものか、流通に乗るか乗らないかなど、社会構造的に区別されてしまうんです。そうした社会構造は、掘り下げると、主に政治によって作られていると思います。こうしたジェンダーやヒエラルキーの問題は政治や社会の問題であり、自己責任や個人の問題ではないのだと考えるようになっていきました」。

宮田さんは、手芸部の活動を“家の中のことを外に出してみる”実践の場として、手芸にまとわりついてきた“女性が家の中で作るもの”というイメージについて考え続けるとともに疑問を投げかけている。手芸部での作り手を主体として、「その技術はその人自身が培ってきたもので、ものを作る人たち一人ひとりが技術者でもあると思っています」と彼女たちをエンパワーメントする。

「手芸をヒエラルキー争いに入れるのではなく、ただただ手を動かしてものを作ってきた人がいたという事実を残したいんです。どんな状況でも、手芸を拠り所にして自分の心を保ってきた人たちがいる。家の仕事の合間や、家事労働が終わってから寝るまでの間が、その人たちの自分の時間だった。そんな社会に対して切実な声を聞き続けることが、現代美術でもあるでしょうから」。

本町手芸部 2025年7月取材
本町手芸部 2025年7月取材

本町ステーションの手芸部の活動では、珠洲市で生活する人たちの本音に触れることもある。復興に時間がかかり、忘れられていくのではないかという不安から、このままでは政治に殺されるようなものではないか、という思いを吐露する瞬間に出会ったこともあったという。
「みんなで楽しみながら手を動かしているけれど、もっと怒ってみたり、疑問や不安を表出してもいいんじゃないか、それらを作品で表現してもいいのではないかと考えることもある 」と宮田さん。ただし珠洲の本町手芸部では、まだ丁寧に時間を積み重ねる必要もある。怒りにとどまらない多層的な感情を手芸の技法で表現した作品がいつか生まれるかもしれない。

月日を重ねた「港まち手芸部」では、手芸の話はもちろん、昔話も、家族や生活の悩みも、政治の話も、戦争や平和の話もするようになった。「手芸部の活動は、対話の実践でもある」という宮田さん。「考え方が異なる人たちとも同じテーブルにつく。手芸という行為を介しているので、お互いの価値観の違いにちょっと気まずくなっても話題を切り替えられる。『この編み方わかんないんだけど……』、みたいに。ちょっとずつ近づいていくこともできるし、手を動かすことがクッションになってくれることもある」。そんな対話の試行錯誤がある。

自分が自分らしくいるための手芸と技術。なおかつ他者と緩やかにつながる手芸部のあり方は、ささやかなようでしなやか。新しい風をもたらすチャーミングなコミュニティだ。

次回連載13回は10月10日公開予定です

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白坂由里

しらさか・ゆり●アートライター。『WEEKLYぴあ』編集部を経て、1997年に独立。美術を体験する鑑賞者の変化に関心があり、主に美術館の教育普及、地域やケアにまつわるアートプロジェクトなどを取材。現在、仕事とアートには全く関心のない母親の介護とのはざまで奮闘する日々を送る。介護を通して得た経験や、ケアをする側の視点、気持ちを交えながら本連載を執筆。

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