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アートに触れ、対話することで感性や記憶が再び動き出す――認知症当事者のための対話型鑑賞プログラム「アートリップ」【前編】

アートとケアの共通点は「みる」ことの大切さ

終了後、管理者の豊住美枝さんに話をお聞きした。豊住さんはかつて別のグループホームで働いていた際に、入所者の付き添いで川崎市市民ミュージアムで行われたアートリップに参加した。当時アートに関心はなかったが、以降継続して取り入れるようになり、現在、管理者を務めるグループホーム「のぞみの家 鎌倉」でもアートリップを開催している。

「認知症の方は、自分の言ったことをご家族などに信じてもらえず、どうしてそんなこと言うの、何度も言ってるでしょ、などと否定されて辛い思いをした経験をお持ちの方が多いです。しかしアートは答えが一つではなく、アートリップではどんな言葉も傾聴して受け入れていくので自信を取り戻し、安心して楽しく過ごせるのでしょう。アートを見て素敵だなという言葉にも、十人十通りの素敵があることに気づかされます」。そうした姿を“介護者”という立場を離れて第三者的な視点で見て、これまで知らなかった利用者の一面を知ることもできるという。
「認知症になると集中力が低下する方もいるので、アートリップで1時間座っていられること自体すごいことなんです。終了後の笑顔を見るときが、取り入れてよかったなと一番実感するときです」と豊住さんの顔もほころぶ。
そうしたアートリップを見ていてケアとの共通点を感じることはあるだろうか。
「どちらも“みる”ことが大事なんですよね」と豊住さん。「利用者が絵を見ていろんなことを感じ取っているように、私たちも利用者1人1人をちゃんと見ることが大切だなと気づかされますね。利用者の生活に私たちはお邪魔させてもらっているつもりで、利用者を主体としてしっかり見ること。誰でも自分を見てほしい、わかってほしいんだと思うんですよ。その点、アートリップが対話型のコミュニケーションであるのも良いと思います。視覚、聴覚などの感覚をはじめ、脳のあらゆる部分を刺激するからか意欲も向上すると思います」。

また、スタッフの方にも尋ねると「普段の介護でも利用者さんの残っている力を使ったり、維持したりできるよう心がけているのですが、アートリップでは僕らが思っている以上の力が蘇ることもあるんです」と語ってくれた。アートリップの対話を通して、利用者から普段聞いていた話が、点と点がすべてつながったような印象で聞くことができたという。

管理者の豊住(中央)さん、介護スタッフの方々 撮影/筆者
管理者の豊住(中央)さん、介護スタッフの方々 撮影/筆者

アートリップでは発言しない人も一緒に座って楽しめる。終了後、「またね」と手を振り合う人々。片付けを手伝う人もいて、役割を奪われていない普段のケアが垣間見えた。

鑑賞自体の内容は忘れてしまうお年寄りもいるかもしれないが、楽しい時間を過ごしたという感情は残る。認知症では老いや死、自身の居場所などへの不安が被害妄想や物盗られ妄想、幻覚などに形を変えて現れる。当人には現実としてそのように見えているので、切実な思いで訴えているだろう。そうした辛さを上回る「楽しい思い」は、人生を一生懸命生きてきた人々への、アーティストからの時空を超えた贈りものだと思った。

後編(6月27日公開予定)に続く

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白坂由里

しらさか・ゆり●アートライター。『WEEKLYぴあ』編集部を経て、1997年に独立。美術を体験する鑑賞者の変化に関心があり、主に美術館の教育普及、地域やケアにまつわるアートプロジェクトなどを取材。現在、仕事とアートには全く関心のない母親の介護とのはざまで奮闘する日々を送る。介護を通して得た経験や、ケアをする側の視点、気持ちを交えながら本連載を執筆。

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