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冤罪事件のきっかけと『地面師たち』に共通した〈気持ち悪さ〉──作家・新庄耕が、プレサンス元社長・山岸忍に聞く【後編】

「あなたたちのせいで私は会社を手放したけど、こうやって楽しくやってるよ」

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──またご著書の話に戻りますが、いっこうに保釈されず、248日間にわたって拘置所に勾留を強いられる苦悩が描かれていて、よく耐えられるなと読んでいるだけでこちらも苦しくなりました。

 ただ、本当につらいのは最初の2カ月です。人間って順応能力がありますよ。まず最初何がつらいかというと、情報の遮断がつらいですよね。時計がなくて時間すら教えてもらえない。外の情報が全く入ってこない。これはつらいですよね。

 それと入所した当時は刑務官は検察官と、グルと思ってました。同じ法務省ですから、検察官とグルで、全部、敵と思ってたわけです。

 ところが違うなって気付いてくるわけです。刑務官と仲良くなったり、時には刑務官をおちょくったりもしました。私は体を鍛えるのが好きなんですけど、決められた時間に30分しか運動できないんです。そんなんでは体がキープできないので、目を盗んでやってたんですよ。怒られても、注意されても。

──山岸さんが拘置所を保釈されたとき、大阪北新地の中華料理屋でご家族と食事をされて、その後、お酒が入っているにもかかわらず、鴨川べりを走られたというくだりが本にありましたが、読んでいて感じ入るものがありました。

 だって、8カ月間、太陽見てないんですよ。太陽の下で走りたい。そして、大きな湯船で風呂に入りたい。こればっかり考えてました。

 今の嫁さんが、そのときは彼女だったんですね。私は大阪に住んでましたけど、週に2回ぐらい彼女のいる京都に帰ってたんです。当時は大阪の方が住みやすかったですが、保釈されて京都に住んだのは大正解でした。大阪行ったら、プレサンスのマンションがたくさんあります。それを見るのが悲しくて。悲しいし、悔しいし、それぞれに土地の仕入れ段階から、いろんな思い出がこもってるわけです。その点、京都はプレサンスのマンションが比較的少ない。それで救われましたね。

──見てしまうと、いろいろと思い出されてしまいますよね。

 逆に言えば今、新しい会社で頑張る活力になってるのも、当時の悔しさや悲しさを払拭したいという思いです。プレサンス時代の仕事よりも、今のほうが面白くできたら、悲しくならないですよね。そのためにやってるようなもんです。

 それと、検察官に対してもそうです。あなたたちのせいで私は会社を手放したけど、こうやって楽しくやってるよ、と。彼らに対する当てつけみたいな気持ちもあるかもしれないですね。

──悲しく、悔しい経験を、そうやって乗り越えていることに圧倒されます。

 実は、冤罪事件は決して悪いことばっかりじゃなかったなと思ってるんです。事件後に双子の息子が生まれたんです。もう三歳になります。この事件に巻き込まれなかったら、このかわいい二人に出会ってないかもしれません。

 もう一つは、「自信」です。「検察官は視野が狭い」とか「世間のことを知らない」とか申し上げましたけど、私だって刑事事件や司法に関しては、それまで全く無知でした。だから、なんの警戒心もなく、なんの防御もしなかったので逮捕されちゃったんだと思うんです。そういう面で、すごい経験をして、知恵もついて賢くなることができました。また、強くなれたと思います。人生ってどんなドン底になっても、また自分の信念さえあれば起き上がれるんだっていう「自信」が得られたんです。だから、悪いことばっかりではなかったんですよ。これからの自分が楽しみですねぇ。

(2024年6月6日、京都市のツクヨミホールディングスにて)

検察は正義ではなかった
無実の罪によって逮捕され、創業した会社を失い、248日間にわたり勾留された男が、最強弁護団とともに完全無罪を勝ち取るまでの全記録。

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ハリソン山中が帰ってきた!

 シンガポールのカジノで元Jリーガーの稲田は全財産を失い、失意のどん底にいた。一部始終を見ていた大物地面師・ハリソン山中は、IR誘致を見込んだ苫小牧の不動産詐欺メンバーの一員として稲田に仕事を依頼する。
 一方、警視庁捜査二課のサクラは、ある不動産詐欺の捜査過程で地面師一味の関与を疑い、捜査を続けていくうち、逃亡中のハリソン山中が趣味の狩猟で頻繁に北海道を訪れていたとの情報を掴むが……。

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新刊紹介

新庄耕

しんじょう・こう
1983年京都府生まれ。慶應義塾大学環境情報学部卒業。2012年『狭小邸宅』ですばる文学賞受賞。著書に『ニューカルマ』『カトク 過重労働撲滅特別対策班』『サーラレーオ』『地面師たち』『夏が破れる』など。最新刊は『地面師たち ファイナル・ベッツ』。

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