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彼氏が投資詐欺で逮捕?! はじめての出頭&取り調べ【育ちの良い人だけが知らないこと 第5回】

マーダーミステリー作家・かとうゆうかさんの、初のノンフィクション連載『育ちの良い人だけが知らないこと』。
前回は、海外出稼ぎについてのレポートでした。
今回は、かつてかとうさんの恋人が逮捕され、かとうさん自身も警察から取り調べを受けたエピソードです。
イメージ画像:PIXTA
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警察に対する最悪の思い出

私の育った環境が悪かったからこその出来事や体験を第一話で紹介したが、育ちの良い人に擬態して日常生活を送っていると「周りの人たちの育ちも実は私と似たようなものなんじゃないの?」と錯覚してしまうことがある。
育ちの良い人はわざわざ自らの育ちの良さをアピールしないためである。

だが育ちの良い友人の体験を聞くと、小学校や中学校のお受験を経験したり、クラシックバレエや乗馬やバイオリンを何年も習っていたり、フランスに留学したことがあったり、就職後も家賃を親に支払ってもらっていたりする。
昔はそんなとき醜く嫉妬してしまいそうになっては恥ずかしさでぐっと堪えてきたものだが、30代にも入るとそんな燃えるような感情はどこかへいってしまった。
彼女たちの育ちは「誰かの育ちの悪さ」を踏み台にして得たものではなく、紛れもなく望まれて与えられたものだからだ。

しかし、育ちの良い人たちに囲まれているとだんだん「育ちの良い人だけが知らないこと」が思い浮かばなくなってくる。
だいいち育ちの良い人や地位の高い人だってストレス解消のためにに悪い遊びをすることもあるのだ。
そんなことを考えながらタクシーの中から外を見ると、警察官数人と輩風の若い男性が言い争いをしている光景が見えた。

警察は法を守り犯罪者を取り締まる国家公務員という仕事であるのにもかかわらず、私にとって正義や味方という印象がまるでない。
それは幼い頃から直接関わってきた警察官が優しくしてくれなかったからかもしれない。

初めて警察にお世話になったのは小学生の頃、自宅にかかってきた電話で変質者から卑猥な言葉を連呼された時だった。通っていた小学校の連絡網がどこかから流出したらしい。
知らない男の声で「通話を切ったら母を犯す」と脅され、母が帰宅すると電話は切れた。通報して駆けつけた警察官に意味も分からず加害者から言われた女性器の名称を伝えたら不快そうな顔をされた。
中学生のときに背後から走ってきた男性に痴漢されたときも通報した直後にどの角度から手を入れられて、どの指でどう触られたかを現場の路上で再現され「被害届を出すならこれから警察署来て1時間はかかるけど」と怠そうに言われた。
今思い返してみると立派なセカンドレイプである。

そんな風に警察にまつわる忌まわしい記憶を辿っていると、犯罪の共犯を疑われて取り調べを受けた経験を思い出した。それはまさしく「育ちの良い人だけは知らないこと」ではないだろうか。

「資産運用の会社を経営している」

18歳で上京して昼も夜もアルバイトに励む生活をしていた頃、交際し始めて3ヶ月にも満たない隼人(仮名)が詐欺の容疑で逮捕された。
アルバイトしていた飲食店で連絡先を聞かれたことが隼人との出会いのきっかけだった。
年上で、穏やかで優しくて、アルバイトが終わると迎えに来てくれた。

初めて迎えにきてくれた日、隼人は映画でしか見たことがない高級車に乗っていて運転席にいるのが彼だとなかなか気が付くことができなかった。
仕事を聞くと「資産運用の会社を経営している」と言った。
今なら「運用資金源は?」と怪しむものだが、大学に通うより一刻も早く家出をすることを選んだばかりの私にはそれがどんな仕事なのかもよくわからず、また説明を聞いても理解できるように思えなかったため「東京には凄い人がいるんだなぁ」という感想だけを抱いていた。
満足な学歴もなければ社会経験もない浅はかな子供である。

会うのはいつも隼人が借りている白金台のマンションだったが、交際して5ヶ月ほど経つと彼は突然私の住まいが見たいと言い出した。
当時私が住んでいたのは方南町の築20年ほどの8畳1kで、そこに遊びに来ると「なんて劣悪な環境で生活してるんだ」と彼は心底嘆いた。
そしてその翌々週には「赤坂にマンションを借りたから引っ越してきたら?」と私をマンションの一室に案内した。「家賃は払ってあげるから好きに使っていい」と言う。

赤坂のマンションにあったのは、美しい真鍮製の大きなシャンデリア、一人で持ち上げようとしてもびくともしないほど重たい大きなテーブル、寝室には2台並んだシモンズのクイーンベッド。
これまでニトリで買った一番安い丸テーブルを使用し、具材はほとんどもやしの野菜炒めを食べてお腹を膨らませていた私にとっては夢のようだった。
隼人が招待されたハイブランドのパーティーというものに同伴することになり、ドレスをプレゼントしてもらった。当時はインスタグラムがなかったからそんなパーティーの存在を初めて知った。気分はプリティ・ウーマンだ。

しかし、そろそろ引越しの準備に取り掛かろうという頃に突然隼人と連絡が取れなくなり、心配に胸を痛めていると知らない番号から電話がかかって来た。警察署からだった。

「隼人さんが詐欺の容疑で逮捕された、参考人として出頭してほしい」

警察からの電話で伝えられた言葉はこんな内容だったと思う。実のところ頭が真っ白だったためあまりよく覚えていない。

まさか彼が話す資金運用が「ポンジスキーム詐欺」のことだとは思いもよらなかったし、それどころか当時の私はそんな種類の詐欺があることも知らなかった。
それに、私だけでなく私の友達の誕生日にも大きなケーキを用意してくれる優しさと、照れたときに左の口の端だけを上げて笑うキュートな一面を持つ隼人は犯罪者とは結びつかなかった。

こちらから時間を指定できたので、翌日のアルバイトの合間に警察署に行くことになった。出頭しない理由は見つからなかった。
それに、電話では隼人の現状について何も教えてくれない刑事も出頭すれば何が起きたのかを教えてくれるのだろうと思っていた。

この時はまだ共犯の疑いをかけられているとは思いもよらなかった。

隼人には妻子がいて、他に彼女が2人……

記事が続きます

警察署内に一歩入るとピリピリとした独特の雰囲気に圧倒された。
初めて会った刑事と挨拶を交わすものの、私の挙動が少しでもおかしかったり何かミスをしたら絶対に追及されるだろうという圧を感じた。
奥に案内されて小さな個室の中に刑事2名と一緒に入ると「携帯電話を預からせていただきます」と100円ショップで売っているようなプラスチックのカゴが目の前に出された。

刑事曰く「録音などをされて機密が漏れないように」ということで、最初から人間を信用していない人たちなのだな、と思った。
拒否することもできたのかもしれないけれど、最初から録音するつもりはなかったしそのカゴは目の前に置かれ勝手に中を見られることもなさそうだったので素直に応じた。

刑事の口元は静かに微笑んでいたが、目には獰猛な動物のような鋭い光が宿っていた。
獲物を待つ獣のような大人と接したことはこれまでに一度もなく、その剣幕にもその場の雰囲気にもビビり散らかしていた。身に覚えがなくても、何か悪いことをしたような気分になるのだ。
何もしていないのにごめんなさいと言って早くその場を立ち去りたくなり、ドラマや映画で観たことのある犯人じゃないのに刑事に詰められて犯人と認めてしまったシチュエーションは実際に起こるだろうと思った。

刑事は私をドアの手前の椅子に座らせると、刑事の一人はテーブルを挟んだ奥に座り、もうひとりは私の背後にある扉の前に立った。
そして彼らに隼人と出会った経緯や食事をした場所だけでなく、彼がどんな食事を好みどんな服装をしていたかなどについて詳細を尋ねられた。

「アルバイト先で出会いました。彼の行きつけの和食屋さんでよく食事をしました。彼はいつも車だったからお酒は飲んでいませんでした。部屋着以外ではスーツ姿しか見たことがありません。スーツの色は……」

どの質問に嘘偽りなく答えても、刑事の目の奥は常に私の言葉に疑いを持っているようだった。
お金の稼ぎ方や使い方を見ていて不思議に思わなかったこと、食事に10万円以上使ったり、突然ハイブランドのジュエリーや時計を現金で買い物することなども伝えた。
1時間ほどの取り調べでその日は帰された。

しかし、その翌週また来てほしいと言われたので日程を調整して再度警察署へ向かった。
刑事たちは現在の隼人の様子について質問をしてもそれを教えてくれることはなかった。しかし隼人には妻子がおり、他に彼女が2人いたことを伝えられた。
ショックだった。ショックのあまり吐き気と、頭の先まで鳥肌が立つような感覚を覚えた。
彼氏だと思っていた人に浮気されたことなら高校生のときに経験があった(その出来事さえ知った時は正気ではいられなくて過呼吸を起こした)が、妻子持ちで白金台のマンションでさえ自宅ではなく別宅だったことを知り、どこか他人事だった取り調べに急に実感が湧きはじめた。

隼人は根っからの詐欺師だったのだ。

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かとうゆうか

1993年生まれ。マーダーミステリー作家。シナリオを担当したマーダーミステリーに「償いのベストセラー」「無秩序あるいは冒涜的な嵐」「ザ キャリーオン ショウ」などがある。共著に「本当に欲しかったものは、もう Twitter文学アンソロジー」。

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