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二宮寿朗「1980年生まれ。戦い続けるアスリート」
不惑が間近に迫る年齢になりつつも、変わらず戦い続ける1980年生まれのアスリートたちに、スポーツライター二宮寿朗氏が迫るこの連載。
中村憲剛選手田臥勇太選手館山昌平投手大黒将志選手玉田圭司選手木村昇吾選手に続く7人目のアスリートは、福岡ソフトバンクホークスの和田毅投手です。

初回は試練を乗り越えるための考え方について、2回目は結果を出しても変わらない客観性の秘密について、3回目はルーキー時代から結果を出し続けた“適応力”についてお伝えしました。
最終回となる今回は、和田選手が社会貢献活動を続ける理由についてお届けします。

その数約53万本! ソフトバンク和田毅が、“1球10本”のワクチン支援を続ける理由

「中学時代から社会貢献をしたいと思っていた」。そのやさしい人柄は柔和な表情からもうかがえる。(撮影/熊谷貫)
「中学時代から社会貢献をしたいと思っていた」。そのやさしい人柄は柔和な表情からもうかがえる。(撮影/熊谷貫)

阪神淡路大震災の時から、社会貢献したいという思いは膨らんでいった

和田毅にはずっと続けている社会貢献活動がある。

プロ3年目の2005年から認定NPO法人「世界の子どもにワクチンを 日本委員会」(JCV)を通じてワクチン支援を行なってきた。メジャーリーグ挑戦で一時中断となったが、ホークスに復帰した16年シーズンから再開している。

自らの成績に応じて支援するのが和田の「僕のルール」。公式戦で投げる1球につきワクチン10本を寄付する。つまり100球投げたら、1000本のワクチンとなる。これが勝利投手となると1球につき20本に変更して、完投勝利や完封勝利となったらさらに増やす。リーグ、クライマックスシリーズ、日本シリーズの優勝でも加算していくのだ。

1軍登板のなかった昨年はチームが日本シリーズを制したことなどを含めて計3万1000本のワクチンを送った。昨シーズンまでワクチン約53万人分、金額にして約3100万円を寄付している。2006年にプロ野球人の社会貢献活動を表彰する「ゴールデンスピリット賞」を受賞したのもうなずける。

元々、「大人になったら慈善活動はやりたい」と考えていたという。

島根に住んでいた中学時代、阪神淡路大震災の被害をテレビで見て深く心を痛めた。将来、自分が稼ぐお金で社会貢献したいという思いは自然と膨らんでいった。

プロ野球の選手になって球団に「何かできないか」と相談していくなかで、世界にはワクチンを接種できずに命を落とす子どもが多くいることを知った。寄付を始めてから14年、ワクチン支援が世間的に広がりを見せてきたことへの喜びは少なからずともある。

「実際、(寄付したワクチンが)届けられている写真や、ワクチンを泣きながら受けている赤ちゃんの写真を見せてもらって“良かったな”って実感を持つことができます。自分が始めたころよりも(ワクチン支援に対する)全体の認知度は上がっていると思うし、活動が大きなものになっていることは非常に嬉しく感じています」

続けることに意味がある。

認知や活動の輪が広がっていくことが和田の望み。ひいてはそれが野球に対するモチベーションの一つともなっている。活動を通じて、ワクチンや感染症のことも分かるようになった。自分が活躍してチームが勝っていくことが、支援にも、支援を呼び込むことにもなる。

「年によって、どの感染症に対するワクチンなのか割合も違ってきます。僕としてもその知識が広がってきたというのはありますね。僕の支援は金額ではなく本数。これからも1本でも多く贈呈できるようにっていう気持ちです」

なぜ1球ごとの寄付なのか。

これは本人に尋ねていない。いや、尋ねる必要がないと言える。
野球に無駄な1球などない。その1球に、彼は自分の命を吹き込んでいるからだ。褪せることのない1球への誇りが、「1本でも多く」へとつながっている。

彼にはもう一つ、ずっと続けている社会貢献がある。

それはオフシーズンに地元の出雲市で開催している「和田毅杯少年野球大会」だ。スポンサーを募らず、自分のポケットマネーで運営している。こちらも05年から始めて、これまで14回実施している恒例行事だ。

子どもたちに野球を好きになってほしい。その一心で始めたこと。

「僕は小中高と島根で育って、プロ野球に直に触れる機会がなかった。高校になると遠征があるので試合が終わった後に福岡や広島でホークスやカープの試合を見ることができるんですけど、小学生、中学生のころにはない。自分も少年時代にプロ野球選手に憧れて練習してきたし、プロ野球選手が来る地元の大会があるよ、優勝したらヤフオクドームに招待するよ、となったら、子どもたちが野球をやる、または、野球を続けるきっかけになるかもしれないと考えたんです。子どもって純粋じゃないですか。だから何かきっかけがあると、野球って面白いなって思ってくれるかもしれないので」

大会には顔を出して、子どもたちと触れ合う。表彰式では優勝、準優勝のチーム一人ひとりに自分でメダルをかけて握手する。昔「あれば良かった」と感じたプロ野球とのつながりを自分で行動に移した。これも続けることに意味がある。子どもたちにとってプロ野球選手と触れ合う機会にするためには、自分が活躍しなければならない。これも和田のモチベーションとなっていることは言うまでもない。

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二宮寿朗

にのみや・としお●スポーツライター。1972年、愛媛県生まれ。日本大学卒業後、スポーツニッポン新聞社に入社し、格闘技、ラグビー、ボクシング、サッカーなどを担当。退社後、文藝春秋「Number」の編集者を経て独立。様々な現場取材で培った観察眼と対象に迫る確かな筆致には定評がある。著書に「松田直樹を忘れない」(三栄書房)、「サッカー日本代表勝つ準備」(実業之日本社、北條聡氏との共著)、「中村俊輔 サッカー覚書」(文藝春秋、共著)など。現在、スポーツ報知にて「週刊文蹴」(毎週金曜日)、Number WEBにて「サムライブル―の原材料」(不定期)を好評連載中。

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