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二宮寿朗「1980年生まれ。戦い続けるアスリート」
不惑が間近に迫る年齢になりつつも、変わらず戦い続ける1980年生まれのアスリートたちに、スポーツライター二宮寿朗氏が迫るこの連載。
中村憲剛選手田臥勇太選手館山昌平投手大黒将志選手玉田圭司選手に続く6人目のアスリートは、木村昇吾選手です。
初回は、クリケット選手として世界の最高峰を目指す現在について、2回目はプロ入り後、カープ時代までをお伝えしました。3回目の今回は、「勘違いFA」とも言われたカープ時代のFA宣言の真相から――

木村昇吾が「勘違いFA」と揶揄されても、カープ時代にFA宣言をした真相とは!?

プロ野球選手として培ったスイングや理論をクリケットにも活かすべく試行錯誤している。(撮影/熊谷貫)
プロ野球選手として培ったスイングや理論をクリケットにも活かすべく試行錯誤している。(撮影/熊谷貫)

カープでの環境に甘えて「勘違いしていた」自分を正すためのFA宣言!

目の前にチャンスがあれば飛び込む。
たとえ周りから無謀と言われようとも、笑われようとも関係ない。価値基準を定めるのは、あくまでも自分。己の心に従い、突き進めばいい。

木村昇吾は、そうやって自分の人生を歩んできた。

大きな決断となったのが、2015年シーズンを終えて海外フリーエージェント(FA)権を行使したことだった。横浜ベイスターズからトレードで入った広島カープで8年を過ごし、次のチャレンジに視線を向けたのである。

その年の成績は72試合に出場し、打率は2割6分9厘。絶対的なレギュラーではなく、守備固めや代走での起用も少なくなかった。ゆえに「勘違いFA」などと揶揄する声も挙がった。広島はFA宣言後の残留を認めていないため、他球団からオファーがないリスクもある。それでも木村はせっかく得た自分の権利を使うことにこだわった。

真相は、「勘違い」とは真逆だった。勘違いしそうな自分を正すためのFA宣言だったことはあまり知られていない。

「正直、環境に甘えている自分に気づいたんですよ。あまり試合に出ていないんだったら“くっそー”となるのが普通。あのとき年俸を4000万円くらいいただいていて生活は不自由ないし、試合に出ていなくても1軍にいるし、心のどこかで満足していた。それで、ちょっと待てよ、と。もう一人の自分が“お前、小学校の卒業文集で10億円プレーヤーになるって書いたくせに、1億円も全然届かないのに満足してんのか?”と言うてくるんですよ。

“ちゃう、ちゃう”と反発したくなるじゃないですか。そんなときにFA権が目の前にあって“やるんか? やらんのか?”って迫られたら、やっぱり環境を変えるべきやなと思いました。考えすぎてどうにかなるんじゃないかっていうくらい悩みましたよ。でもたとえどんな結論が出ても、自分が出した結論やから後悔せえへんなと思うことができたから最終的に決断できたんです」

納得いかない成績、半レギュラーという立ち位置でも満足しそうな自分。それは木村昇吾の姿じゃないと断じた。ドラフト11巡目から、ここまではい上がってきた。守備固めも代走もユーティリティーさも、これらは1軍で生き残ってビッグになる足掛かりに過ぎない。

足掛かりから抜け出せない俺を悔しがれ。
4000万円の価値の俺を悔しがれ。
だから彼は愛着あるカープを飛び出した。ここで出ていかなかったら「なりたい自分」を放棄することにつながると考えた。

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二宮寿朗

にのみや・としお●スポーツライター。1972年、愛媛県生まれ。日本大学卒業後、スポーツニッポン新聞社に入社し、格闘技、ラグビー、ボクシング、サッカーなどを担当。退社後、文藝春秋「Number」の編集者を経て独立。様々な現場取材で培った観察眼と対象に迫る確かな筆致には定評がある。著書に「松田直樹を忘れない」(三栄書房)、「サッカー日本代表勝つ準備」(実業之日本社、北條聡氏との共著)、「中村俊輔 サッカー覚書」(文藝春秋、共著)など。現在、スポーツ報知にて「週刊文蹴」(毎週金曜日)、Number WEBにて「サムライブル―の原材料」(不定期)を好評連載中。

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