2025.5.8
「僕は、挫折を経てなにかを成し遂げた人たちに強く惹かれてしまうんです」 【戸部田誠『王者の挑戦 「少年ジャンプ+」の10年戦記』刊行記念インタビュー】
お金儲けじゃない。大ヒット作を生み出したい!

『少年ジャンプ+』10年間の紆余曲折を描いたノンフィクションである本書は、ある意味においてビジネス書的側面も含む。だが、成功するためのHOW TO要素が売りのビジネス書と大きく異なるのは、やはり、著者の視点が人間に向けられているということ。しかも、「挫折を経てなにかを成し遂げた人たちに強く惹かれてしまう」という視点。
そのうえで、あえてビジネス書的側面にフォーカスするのなら、エンタメ、商品、サービスなどなど、仕事内容の如何にかかわらずモノ作りに関わるすべての人たちの胸を打つであろうエピソードがある。
創刊翌年の2015年のこと。順調だったはずのダウンロード数が伸び悩み『少年ジャンプ+』が停滞期にはいると、コンサル会社などからは利益向上やアプリ内回遊率アップの施策などの〝甘い囁き〟が編集者の耳元に届くようになる。けれど、直近のお金儲けじゃなく、「オリジナルマンガで大ヒット作を生み出したい」という『少年ジャンプ+』編集部は、安易な対処療法ではなく、本質的で地道な戦略を重ねていく。たとえば、新連載を数号にわたって連続で始める「連弾」と呼ばれる戦略や多くの読切作品を掲載することなどだ。作品への尽力だけでなく、宣伝にも力を入れた。
結果、『少年ジャンプ+』は復調するのだが、編集者たちの声を丁寧に取材した戸部田は、本書のなかで以下のように綴っている。
一時的に低迷していた「ジャンプ+」は、息を吹き返した。一気に認知度が上がり、存在感も増していった。その苦しい期間、テレビCMを打ったり、ネット広告を出したり、あの手この手でユーザー数を増やそうとした。けれど、大きな効果は感じられなかった。やはり、もっとも〝宣伝効果〟が高いのは、「面白いマンガ」そのものだったのだ。
「フリーの編集者の方への取材で聞けた言葉も印象的でした。BL(ボーイズラブ)やTL(ティーンズラブ)というジャンルはわりとマーケティングのデータが揃っているらしいんです。でも、少年マンガはマーケティングできない、と。なぜなら、少年マンガの読者が抱く『かっこいい!』という価値観が一定ではなく多様性に富んでいるから。なるほどなと思いました」
大人の青春が大好きで、挫折を経てなにかを成し遂げた人たちに惹かれる戸部田という書き手。では、本人にとっての大人の青春は存在したのだろうか。戸部田は、約10年間のサラリーマン時代に、副業としてライター業をスタートさせている。その時のペンネームが「てれびのスキマ」であり、会社が休みの土日での執筆だった。
「まあでも、土日に書いていたのは、本当に好きでやっていただけなので。むしろ、会社を辞めるということが、大きな決断でした。あの頃はとにかく必死だったし、怒涛すぎてよく覚えていないんです。もちろん、ライター一本でやっていくのは、ハードルが高いだろうなぁとは想像していました。当時既に結婚もしていましたから、生活面では不安でしたし。それでも、『辞めます』って会社に言ったのは、『タモリ学』を書きたかったからなんです。完成させたかったんです、自分が納得できるクオリティのものを。僕は、書くということにおいてのプロとアマチュアの差って、完成させるか否かだと思っていて。その意味では、のちにデビュー作として『タモリ学』を完成させられたんですけど、じゃあなぜ、安定したサラリーマン生活を捨ててまで書き切ろうと思ったかと言えば、先に樋口毅宏さんの『タモリ論』が世に出ちゃったからなんです。あの本の発売前からタモリさんについて書き始めていましたから、心の奥底では『クソ! 先を越された!』って」
専業ライターとなった戸部田は、テレビや笑いを中心とした執筆で独自のポジションを築いていく。テレビの達人がマンガについて書いた最新作もまた、挑戦だった。
後編に続く。5月10日(土)配信予定です。お楽しみに!
『王者の挑戦 「少年ジャンプ+」の10年戦記』は5月9日発売!

2014年9月22日創刊。昨年、2024年9月で10周年を迎えたマンガ誌アプリ「少年ジャンプ+」。
その10年の間に、『SPY×FAMILY』『怪獣8号』『ルックバック』『タコピーの原罪』『ダンダダン』など、ヒットマンガや新人作家も続々誕生。多くの読者を獲得し、人気マンガ誌アプリとなった。そんな「少年ジャンプ+」は、どのようにして生まれ、どのようにして進化し、そして今後どこを目指していくのか?
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