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なぜ男は「ゴム無し無責任射精」にとらわれてしまうのか?【藤澤千春×山下素童 射精責任対談】

「生でやるセックス全国大会」を終わらせろ

山下 漫画家の新井英樹さんの『宮本から君へ』という漫画があって。非モテ男性が主人公で、彼女になった女性が、男社会の権化であるようなラグビー部の花形選手である屈強な男にレイプされて中出しされてしまい、その屈強な男に主人公の男が復讐をする話です。『射精責任』を読んでから、『宮本から君へ』は無責任な射精と男社会がかけ合わさった話だったな、と思い返しました。生でやるセックスも男性の競争社会と結びついていて、その漫画の中では、レイプされて中出しされた女性という存在が強者男性からしたら勲章であり、弱者男性からしたら敗北の象徴となってるんですね。もちろん漫画なので社会にある価値観を戯画化したものではあると思うのですが、戯画化されて理解できてしまう程度にはそういう価値観が社会にはあるのだと思います。

藤澤 女性という資源を男性同士で取り合ってる。その中でより女を屈服させたものが強いし、評価されるみたいなのがあるんでしょうね。『射精責任』の中でも出てきますけど、ゴム無しでセックスしたことを男性同士のジョークで使うみたいな。

山下 それは実際めっちゃ聞きますよ。

藤澤 そうなんですね。それは本当、根深いなぁっていう。

山下 そうですね。ゴムありで安心安全なセックスをしましょうっていう、すごくシンプルなメッセージが伝わりづらいのは、そういう競争に日々曝されていて、意識がそちらに持ってかれてるからでしょうね。

藤澤 目の前の人との関係性っていうよりかは、外側の社会との戦いみたくなっちゃってるんでしょうね。そういうのってどうしたらいいんでしょうね。

山下 セックス≒射精オーガズム という価値観になってしまっていることがやはり一番の問題だと思いますね。いかに気持ちいい挿入をするのか、という点に絞った競争もそこから始まってると思います。男性もセックスの時に射精オーガズム以外に気持ちよさを感じる部分って、コミュニケーション的なところにあるので、そこにどう目を向けられるかだと思います。『射精責任』は男性のセックスの楽しさみたいなものを打ち出す本ではないので、そこは著者のブレアさんが言うように、男同士で共有しあう必要があるところだと思いました。セックス≒射精オーガズム 以外の可能性がわからない人からすると、『射精責任』は自分がしたいことを制限してくるような本にしか読めないと思うので。

藤澤 あ~、なるほど。セックスするなっていうのか!みたいな。本来、性欲と言われてるものの中にはいろんな欲求が詰まってる。自分とは違う一面を見せてほしいとか、受け入れられたという感覚が欲しいとか、そういう自分の性欲の中のバリエーションみたいなものが見えると、射精に拘らなくてもいいってことがわかるんだと思います。逆に言うと分解していかないと、なんでも射精欲だと思っちゃって、視野が狭くなってしまうっていうか。

山下 そうですね。生でやることが支配っていうのも、よくよく考えるとおかしいんですけどね。他の人には出せない一面を相手が自分の前では出せるように頑張った方が、実際は精神的な支配に繋がるとも思いますし。

藤澤 確かに、それはそうですよね。ゴム無しでセックスすること自体は、お前だけができるかというと、誰も見せてない自分を見せる方がよっぽどハードルが高いというか。

山下 誰にも見せないような特別な関係になるってことは、ゴムしててもできることですからね。

藤澤 生でやるセックスっていうのはあまりにも溢れているから、思ってるほどスペシャルになれないぞ、と思います。上には上がいるし。その頂きに立ったらほぼ犯罪者になるだけなので。そこはちょっと考えてみてほしいかなと思います。

山下 そうですね。

藤澤 山下さんの新刊の中で好きな話が、ラーメンを撮ってSNSにひたすらアップする女性の話。その女性とのセックスは上手くいかなかったかもしれないけど、一緒に「ラーメン凪」で漁師飯がつく過程を生で観たのは山下さんしかいなくて、それこそすごくスペシャルな瞬間というか。

山下 そういう特定の人の個人的な部分を共にできることの楽しさって、すごくローカルな楽しさですよね。その話を書いてるときは『射精責任』は日本語訳されてないし、もちろん存在すら知らなかったのですが、今から考えてみると『射精責任』の問題意識とかなりリンクしてる話だと思います。セックス≒射精オーガズム に囚われた女性の話でもありますし。個人的にセックス≒射精オーガズム という価値観から距離を取ることができ、生でやるセックスが価値が高いとされる男社会からも距離を取れるようになった時期でもあったので、そうした意味合いを込めるためにもゴムをつける描写を省略しないでわざわざ作中に書きました。確かにあの話のように、もっとローカルな目の前の人との関係性に目を向けられるとよいですよね。

藤澤 そうですね。競争にとらわれた「生でやるセックス全国大会」は、あまりに貧しいですからね。画一的すぎるというか。「生でやるセックス全国大会」で勝ったとしても、最終的に隣に誰もいない戦いですよね。それだったらちゃんとゴム持って、街に出て、誰も見つけられてない瞬間を探した方が楽しいんじゃないかって思います。

(※この対談は、2023年8月7日に収録しました。)

ガブリエル・ブレア著,村井理子翻訳『射精責任』(太田出版)

山下素童『彼女が僕としたセックスは動画の中と完全に同じだった』(集英社)

ともに大好評発売中。

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新刊紹介

山下素童

1992年生まれ。現在は無職。著書に『昼休み、またピンクサロンに走り出していた』『彼女が僕としたセックスは動画の中と完全に同じだった』。

Twitter@sirotodotei

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