2023.9.19
二村ヒトシに影響を受けた人はなぜみんな気持ち悪いのか?【新井英樹×二村ヒトシ×麻知子×山下素童座談会(後編)】
なんのために作品を書くか
二村 そう考えるとさ、大きなお世話だけど、山下さんもこれから大丈夫なのか。
恋愛や性をテーマに、濃厚な人間関係を描くわけじゃないですか。この座談会でも終始、作品と作者が同一視されやすいという話をしてきた。ゴールデン街で働いていると、より読者や取材対象者との距離も近いわけでしょう。
作品を面白く仕上げるために、登場する人との踏み込んだ内容を書かざるをえないこともある。その辺りの塩梅というか、距離が近すぎて人間関係がこじれたりはしないですか?
山下 このウェブ連載と著書に関しては、他人から見られた自分を許容できる人を選んできたつもりですし、僕自身もそういう人が好きなので自然にうまく事が運んだと思っています。
よく言われる「私小説家の人生は破滅に向かう」という言葉には一理あると思っていて、書くことで他人の私生活を消費しながら、同時に作品をどう読まれるかで自分も消費される。どこまで書いていいのか神経がすり減る瞬間もありましたが、事前に全文確認を挟んだので、連載中は何の問題も起こらなかったんです。
ただ確かに、今後はもっと大変になるのかなとも思います。この著書はゴールデン街で知り合った人のことを書いているので、そこまで人間関係としては深いものではない。それが将来的に恋人が出来て、結婚に発展したとして、その生活を題材に書くことは全然違いますよね。
二村 かといって、宇宙戦争みたいなSFを書いたとしたって、「この火星人の女って私のことでしょ?」って言われちゃうんだよ。
新井 うん、本当に大変だと思うよ。結構俺の身の回りでも、書くことで揉めて人間関係がこじれていく悩みを聞かされるから。
だから山下くんが、今後どのようなスタンスでやっていくかだよね。要はなんのために書くのか。それが名声のためなのか、満足するものを仕上げたいのか、書く事が業みたいになっていて離れられないのか。
人それぞれ違うと思うけど、俺は基本付き合ってた恋人に振られて、どうしようもなくなって最後にすがりついたのが漫画なんだよね。
山下 それで言うと満足するものを書きたいのがあるんじゃないですかね。金のためなら連載で1本1万字を超えるようなコスパの悪いことはしないだろうし、特に書くことがつらいわけでもないから、単純に書くことにこだわっていきたい思いが根底にあるんだと思います。
今後については未定ですが、書くことは続けていきたい。これまで書いてきたモデルの人たちとも、皆それなりに関係は続いているので、その思い出を記録する日記のような感じでできたらいいですね。それで生活できたら言うことなしです。
【プロフィール】
■新井英樹(あらい・ひでき)
1963年生まれ。漫画家。1989年『8月の光』でアフタヌーン四季賞の四季大賞を受賞しデビュー。1993年『宮本から君へ』で第38回小学館漫画賞青年一般向け部門を受賞。『愛しのアイリーン』、『ザ・ワールド・イズ・マイン』、『SCATTER』等、作品多数。こじらせ童貞をよく描く。コミックビームで『SPUNK -スパンク!-』連載中。
■二村ヒトシ(にむら・ひとし)
1964年生まれ。AV監督・ソフトオンデマンド社顧問。『すべてはモテるためである』、『なぜあなたは「愛してくれない人」を好きになるのか』、『オトコのカラダはキモチいい』(金田淳子・岡田育との共著)など性愛に関する著者多数。女性が男性の乳首をなめる文化を育んだ文化人でもある。
■麻知子(まちこ)
ゴールデン街「マチュカバー」オーナー。麻知子さんの不思議な魅力により「マチュカバー」には文化人がよく足を運ぶ。ここだけの話、麻知子さんは鳩やカラスと友達になれる能力を持っている。
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