2022.4.5
【加藤直人×藤井太洋 メタバース徹底対談】起業したい人がフィクションを書くべき理由
仮想空間を指す〈メタバース〉は、SF作家ニール・スティーヴンスンが1992年に発表した伝説的小説『スノウ・クラッシュ』で初めて登場しました。これが後に、数多くの起業家にインスピレーションを与え、2022年現在、インターネットに続く新たな経済圏として世界的なバズワードになっています。
加藤さんの著書は、GAFAMがしのぎを削る現状から、VRの歴史や背後の思想、そして驚きの未来像まで、メタバースに関わるすべてを網羅した一冊です。
刊行を記念して今回加藤さんと対談いただいたのは、VRをはじめ様々な先端テクノロジーを作中で描いてきたSF作家の藤井太洋さん。フィクションとビジネスの両面で〈メタバース〉という概念のコアに迫ります。
(撮影/長谷川健太郎、聞き手・構成/タカザワケンジ)
メタバースとは何か
――加藤さんはメタバースプラットフォーム「cluster」を運営するクラスター社を起業し、『メタバース さよならアトムの時代』でメタバースとは何かをお書きになっています。今回はSF作家として近未来のデジタル社会を舞台にした作品をお書きになってきた藤井さんと、メタバースについて、デジタル社会の現状とこれからについてお話しいただければと思います。
加藤 僕は藤井さんがKindleで最初に出した『Gene Mapper -core-』を、2012年当時、すぐに買って読んだんです。日本語のKindle用書籍としてはかなり早かったですよね。
藤井 あのときは、出版社が電子辞書プラットフォーム用のコンテンツを変換して売っているような状態でしたね。私はKindle版をアメリカで登録していたので、そのまま日本版に横滑りして売り始められたんです。初めて登録したときは横書きしかできなかったんですよ。
加藤 僕は当時大学院生でした。電子書籍が未来の本だということはわかっていても、既存の出版社は進出に及び腰でした。そんなときに藤井さんが個人で出版されていたので興味を持ったんです。しかも内容もパンチが効いていた。その藤井さんとこうしてメタバースについてお話ができるのはとても嬉しいです。
藤井 加藤さんの『メタバース さよならアトムの時代』を拝読しました。すごく面白かったですよ。
加藤 本当ですか。ありがとうございます。
藤井 メタバースについていろんな角度から網羅的に解説していますよね。メタバースそのものの入門に留まらず、コンピューティングやデジタルコミュニティーに触れていく人たちのためのガイドブックになっていると思いました。
加藤 そう読んでもらえると嬉しいです。メタバースをビジネスにしたい人、これから研究したい人はもちろん、コンピューティングにあまり関心がなかった人にとっても、これからの世界がどうなるかを知ってほしいと思って書きました。
――メタバースという言葉に初めて触れる読者の方もいると思うので、わかりやすく説明していただけますか。
加藤 簡単に言えば、メタバースとはデジタルで構成されたオンライン上の空間です。3DCGによって現実感のある世界を作り出し、VRゴーグルをかぶる等で身体感覚を持ってその世界に入っていけます。映画の『マトリックス』や『レディ・プレイヤー1』を見た方ならイメージしやすいと思います。メタバースという言葉自体は、ニール・スティーヴンスンのSF小説『スノウ・クラッシュ』が出典です。
――2000年代後半に『セカンドライフ』というインターネット上の仮想世界が話題になりましたが、すぐに下火になってしまいましたね。
加藤 その当時もメタバースという言葉が少しだけ取り沙汰されました。ただ時代状況として通信環境やPCの性能が不十分でした。現在のような、よいバーチャル体験を享受することが難しかったんです。
――Facebookが最近、メタバース事業に本格参入すると宣言し、社名をMetaへ変更しました。これでメタバースについて認知度が一気に高まった印象です。
加藤 その影響は大きいですね。新たな市場として非常に注目されることになりました。
どうして様々な企業がメタバースに注力するかというと、メタバースにはこれまでのインターネット以上に有望な要素があるからです。その一つは、メディアへの接触時間。ネットビジネスにおける広告の割合は大きいですが、その広告ビジネスで大切なのは、どれだけ長時間アテンション(注意)を保てるかです。メタバースの時代においては、実質的に朝起きてから寝るまで覚醒している時間すべてがメディアへの接触時間となります。それを商機と見る向きがある。
もう一つは、メタバースには「どうしようもない現実」から人間を解放する力があることです。地球上の人のほとんどは、今いる環境や自分の身体をベストだとは思っていません。多くの人が、VRの力で現実そのものを作り変えてくれるメタバースの世界に、希望を見出しているのでしょう。
現在ブームになっているメタバースですが、実はその概念はふわっとしたものなんです。大きく切り分けると、小説や映画で描かれたSF的なメタバース、新たな市場の誕生として見るビジネスとしてのメタバース、技術的な側面として重要な3DCG空間としてのメタバースの三つがあるのですが、それがごちゃごちゃに議論されているのが実情です。
しかし、僕個人は定義にこだわるよりも、メタバースという言葉自体が持つ魅力のほうが重要だと思っています。何か引きつけるものがあるんですね。夢があるというか。だからこそ、現時点でのメタバースをいったん整理して、議論の土台をつくることができればいいなと思って本を書いたんです。
藤井 小説家としてはメタバースという言葉が話題になって、書きやすくなったと思っています。メタバースが示す概念が一般化されたので、いちいち細かく説明する必要がなくなった。コンピュータでつくられたオンラインの世界に没入して、その中でいろんな体験ができるんだということが常識になれば、そこから新たな物語が生まれる可能性が広がりますから。小説を書く上での自由度が上がったと思いますね。