2025.1.3
気仙沼の漁師120人以上に取材。「東大でも猛勉強していい会社入って、で、漁師に戻る」-迷った心に効く漁師たちの名言集
金言その3「東大でも猛勉強していい会社入って、で、漁師に戻る」
最後に紹介する漁師さんの言葉は、あまりにも衝撃的で、拙著『海と生きる』でも掲載させてもらったものです。オフの時間に聞けた、現役の船頭の言葉でした。
「うまれ変わったら、小さい頃からうんと勉強して東大に入るね。東大でも猛勉強して卒業したらいい会社入って、そういう世界を自分の目で見て、で、漁師に戻るな」
(『気仙沼漁師カレンダー2019』11月/『海と生きる』P133)
陸で生きる我々のふつうの感覚ならば、東大を目指す理由は「偉くなりたい」だとか「お金持ちになりたい」だとかではないでしょうか。なのに、この船頭は、ただただ純粋に非・漁師の最高峰の世界を見てみたいだけ。まだ何者でもなかった頃に「海賊王におれはなるっ!」と宣言した『ワンピース』のルフィのような純粋さです。
しかも、判断の軸が自分であるということ。インタビューをしていて、この船頭にとっては「自分の目で見て」というのがポイントなのだと感じました。ただし、その軸は一般社会から孤立しているわけではなくて、社会通念上は最高学府である東大を否定していない。むしろ、興味がある。その上で、「で、漁師に戻るな」って、稀代の脚本家でも書けそうにない名言でした。
漁師さんの3つの言葉に共通していたのは、自分たちの仕事に誇りを抱いているところでした。でもそれは、漁師という肩書きに対してではなく、漁師である自分自身への誇り。「漁師になれた、うれしい」ではなくて、日々の努力を重ねてだんだんと一人前に近づいていく。そんな誇り。
肩書きに関して、インタビュー現場では逆のことを感じました。「で? いま俺の目の前にいるお前はいったいなにが聞きたいの?」と、ライターという肩書きではなく、僕自身に問いかけてくるような鋭い海の男の視線。初期の気仙沼で「焦った」のは、この視線に「ビビった」からなのかもしれません。
『海と生きる』には、今回紹介した3つをはじめとする120/120の言葉がにじんでいます。実際に書籍に掲載させてもらった言葉は限られはしましたが、漁師の生き様のようなものが、まるで血液のように流れているのだと思います。
10名の写真家のフォトもカラー収録!
藤井保・浅田政志・川島小鳥・竹沢うるま・奥山由之・前康輔・幡野広志・市橋織江・公文健太郎・瀧本幹也――日本を代表する10名の写真家が撮影を担当し、2014年版から2024年版まで全10作を刊行。国内外で多数の賞も受賞した『気仙沼漁師カレンダー』。
そのきっかけは、地元を愛する女性たちの会、「気仙沼つばき会」の「街の宝である漁師さんたちを世界に発信したい!」という強い想いだった。本人たちいわく「田舎の普通のおばちゃん」たちが、いかにして『気仙沼漁師カレンダー』プロジェクトを10年にわたり継続させることができたのか。被写体となった漁師、撮影を担当した10名の写真家、「気仙沼つばき会」ふくむ制作スタッフなど徹底取材。多数の証言でその舞台裏を綴る。元気と感動と地方創生のヒントも学べるノンフィクション。
10名の写真家が選んだカレンダーでの思い入れの深い写真や、単独インタビューも掲載。写真ファンにとっても貴重な一冊でもある。
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【「海と生きる」プロローグ試し読み】 気仙沼の自称「田舎のおばちゃん」集団が、なぜ日本を代表する写真家たちと『気仙沼漁師カレンダー』を作れたのか?
【「海と生きる」1章前半試し読み】 「まだまだ気仙沼は大丈夫だ」、震災2日後にそう信じることができた白い漁船
【「海と生きる」1章後半試し読み】 「クリエイティブってなんだべ」の初プレゼン。感涙の『気仙沼漁師カレンダー』第1作が完成!
【タカザワケンジさん書評】 主役の「気仙沼つばき会」と漁師に、写真家が加わったことで奇跡的な「物語」になった
【畠山理仁さん書評】 すべての人は縁をつなぐために生きている。そんな読後感をもたらす一冊だ
【幡野広志さん書評】 モノを作る仕事をしたり、写真に関心がある人はとくに読んでもらいたい
【野原広子さん書評】 大きな絶望の中にあるとき、立ち上がるために必要なものを登場する人たちに教えてもらえた
【唐澤和也さん旅エッセイ】 写真家・藤井保を訪ねて島根・石見銀山へ。東京・祐天寺から“ほぼ発売日”に『海と生きる』を届けに行ってみた。