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気仙沼の漁師120人以上に取材。「東大でも猛勉強していい会社入って、で、漁師に戻る」-迷った心に効く漁師たちの名言集

金言その3「東大でも猛勉強していい会社入って、で、漁師に戻る」

最後に紹介する漁師さんの言葉は、あまりにも衝撃的で、拙著『海と生きる』でも掲載させてもらったものです。オフの時間に聞けた、現役の船頭の言葉でした。

「うまれ変わったら、小さい頃からうんと勉強して東大に入るね。東大でも猛勉強して卒業したらいい会社入って、そういう世界を自分の目で見て、で、漁師に戻るな」
(『気仙沼漁師カレンダー2019』11月/『海と生きる』P133)

陸で生きる我々のふつうの感覚ならば、東大を目指す理由は「偉くなりたい」だとか「お金持ちになりたい」だとかではないでしょうか。なのに、この船頭は、ただただ純粋に非・漁師の最高峰の世界を見てみたいだけ。まだ何者でもなかった頃に「海賊王におれはなるっ!」と宣言した『ワンピース』のルフィのような純粋さです。

しかも、判断の軸が自分であるということ。インタビューをしていて、この船頭にとっては「自分の目で見て」というのがポイントなのだと感じました。ただし、その軸は一般社会から孤立しているわけではなくて、社会通念上は最高学府である東大を否定していない。むしろ、興味がある。その上で、「で、漁師に戻るな」って、稀代の脚本家でも書けそうにない名言でした。

 2018年8月17日、サンマ船の出船おくりの様子。漁で使用する集魚灯の光が美しい。
2018年8月17日、サンマ船の出船おくりの様子。漁で使用する集魚灯の光が美しい。
2022年8月8日、写真家・瀧本幹也氏の撮影現場の様子。10年の継続が目標だった『気仙沼漁師カレンダー』は、瀧本氏が10作目を担当し、大団円を迎えたのだった。
2022年8月8日、写真家・瀧本幹也氏の撮影現場の様子。10年の継続が目標だった『気仙沼漁師カレンダー』は、瀧本氏が10作目を担当し、大団円を迎えたのだった。

漁師さんの3つの言葉に共通していたのは、自分たちの仕事に誇りを抱いているところでした。でもそれは、漁師という肩書きに対してではなく、漁師である自分自身への誇り。「漁師になれた、うれしい」ではなくて、日々の努力を重ねてだんだんと一人前に近づいていく。そんな誇り。

肩書きに関して、インタビュー現場では逆のことを感じました。「で? いま俺の目の前にいるお前はいったいなにが聞きたいの?」と、ライターという肩書きではなく、僕自身に問いかけてくるような鋭い海の男の視線。初期の気仙沼で「焦った」のは、この視線に「ビビった」からなのかもしれません。

『海と生きる』には、今回紹介した3つをはじめとする120/120の言葉がにじんでいます。実際に書籍に掲載させてもらった言葉は限られはしましたが、漁師の生き様のようなものが、まるで血液のように流れているのだと思います。

10名の写真家のフォトもカラー収録!

藤井保・浅田政志・川島小鳥・竹沢うるま・奥山由之・前康輔・幡野広志・市橋織江・公文健太郎・瀧本幹也――日本を代表する10名の写真家が撮影を担当し、2014年版から2024年版まで全10作を刊行。国内外で多数の賞も受賞した『気仙沼漁師カレンダー』。

そのきっかけは、地元を愛する女性たちの会、「気仙沼つばき会」の「街の宝である漁師さんたちを世界に発信したい!」という強い想いだった。本人たちいわく「田舎の普通のおばちゃん」たちが、いかにして『気仙沼漁師カレンダー』プロジェクトを10年にわたり継続させることができたのか。被写体となった漁師、撮影を担当した10名の写真家、「気仙沼つばき会」ふくむ制作スタッフなど徹底取材。多数の証言でその舞台裏を綴る。元気と感動と地方創生のヒントも学べるノンフィクション。

10名の写真家が選んだカレンダーでの思い入れの深い写真や、単独インタビューも掲載。写真ファンにとっても貴重な一冊でもある。

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『海と生きる』刊行特集一覧

【「海と生きる」プロローグ試し読み】 気仙沼の自称「田舎のおばちゃん」集団が、なぜ日本を代表する写真家たちと『気仙沼漁師カレンダー』を作れたのか?

【「海と生きる」1章前半試し読み】 「まだまだ気仙沼は大丈夫だ」、震災2日後にそう信じることができた白い漁船

【「海と生きる」1章後半試し読み】 「クリエイティブってなんだべ」の初プレゼン。感涙の『気仙沼漁師カレンダー』第1作が完成!

【タカザワケンジさん書評】 主役の「気仙沼つばき会」と漁師に、写真家が加わったことで奇跡的な「物語」になった

【畠山理仁さん書評】 すべての人は縁をつなぐために生きている。そんな読後感をもたらす一冊だ

【幡野広志さん書評】 モノを作る仕事をしたり、写真に関心がある人はとくに読んでもらいたい

【野原広子さん書評】 大きな絶望の中にあるとき、立ち上がるために必要なものを登場する人たちに教えてもらえた

【唐澤和也さん旅エッセイ】 写真家・藤井保を訪ねて島根・石見銀山へ。東京・祐天寺から“ほぼ発売日”に『海と生きる』を届けに行ってみた。

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唐澤和也

からさわ・かずや●1967年、愛知県生まれ。 明治大学卒業後、広告代理店勤務を経てフリーライターに。
単著に『負け犬伝説』『マイク一本、一千万』(ともに、ぴあ)、 企画・構成書に、爆笑問題・太田光自伝『カラス』(小学館)、 田口壮『何苦楚日記』(主婦と生活社)、 森田まさのり『べしゃる漫画家』(集英社)などがある。

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