2024.12.4
すべての人は縁をつなぐために生きている。そんな読後感をもたらす一冊だ――開高賞作家・畠山理仁が読む、唐澤和也『海と生きる』
第2弾はフリーランスライター・畠山理仁さん。特に25年以上にわたる選挙取材で知られ『黙殺 報じられない“無頼系独立候補”たちの戦い』で、第15回開高健ノンフィクション賞を受賞。震災後の福島などでも数多く現地取材されている畠山さん視点での書評を、ぜひご一読ください。
(構成/「よみタイ」編集部)
利益を度外視したプロジェクトが10年も続いたのは、「人の縁」「人の思い」「人の力」のなせる技
すべての人は縁をつなぐために生きている。そんな読後感をもたらす一冊だ。
ページを繰るごとに広がっていく「人の縁」は、すべてがあたたかい。「東日本大震災の被災地だから」という気負いや無言の圧力をまったく感じない。良い意味で湿っぽくない「人の縁」が、気仙沼の人たちを勇気づけてきたことがよくわかる。
印象に残るのは青い海と白い船の力強さだ。そして、市井に生きる人たちの無謀ともいえる挑戦や無邪気さこそが、人生を生きていく上でもっとも強く大切なものだと感じさせる。
『気仙沼漁師カレンダー』に登場するのは「気仙沼つばき会」のメンバーたちが「スーパーヒーロー」と呼ぶ漁師たちだ。撮影を担当するのは日本を代表する10名の写真家たち。しかし、海を相手に生きる漁師たちは、相手が誰であろうと遠慮しない。飾らない。とことん海と向き合って生きる「むき出しの命」をレンズの前にさらけ出す。写真界のスーパーヒーローたちも、海の前では市井のスーパーヒーローたちに圧倒される。
しかし、カメラは決して負けない。しっかりと役割を果たす。この「名勝負」が10年も続いたことは、もはや奇跡と言うしかない。
自らの利益を度外視したプロジェクトが10年も続いたのは、「人の縁」「人の思い」「人の力」のなせる技だ。その出発点は「気仙沼つばき会」のメンバー2人の無邪気なおしゃべり。10年続いた原動力は「この人が漁師を撮ったらどうなっちゃうんだろう?」というプロデューサーの無邪気な好奇心だった。
日本に生きる多くの人たちと同じように、カレンダーを撮った写真家たちにとっても震災は大きな転機だった。撮影を担当した写真家の多くは震災後に被災地へ向かった過去を持つ。その多くが当時撮影した写真を発表してこなかったことにも矜持を感じる。誰一人として「撮ればいい」とは考えていない。受け取ったバトンをどうつなぐかを考えていた。
写真家たちが「気仙沼つばき会」からの申し出に応じた時期や呼吸、気仙沼との縁をつないだ人たちが「気仙沼つばき会」の新メンバーとして参加していくタイミングにも人生の妙を感じる。すべての人の心のどこかに覆いかぶさっていた霧が、時を経て昇華されていく様子に伴走できるのも優れたノンフィクションを読む醍醐味だろう。
下関、気仙沼、能登と続く「恩送り」のエピソードも素晴らしかった。
私は普段、選挙や政治を興味対象とする記者として、「身内への恩送り」が幅を利かせる世界を見ている。「公」に関わる人たちの不甲斐なさを見せつけられ、失望することも少なくない。そんななか、市井に生きる人たちが「利他」の精神で自らの足元に光を当てる力強いメッセージのリレーを行っていることに大きな希望を感じた。
私が勝手に「寡黙な職人」と思い込んでいた漁師たちの言葉にも心を揺さぶられた。こんなに強い言葉を持つ人たちだったとは知らなかった。私は『気仙沼漁師カレンダー』から新たな宝物を教えてもらった。
本書を読むうちに、私は震災後の福島で聞いた年長の男性の言葉を思い出していた。
「震災がなかったら、おれたち出会ってねえからな(笑)」
私とは親子ほど歳の離れた男性はそう言って笑った。明るい笑顔が魅力的な人だ。
震災後、彼はいくつもの事業にチャレンジしては失敗したが、それでも笑っていた。彼に会うたび、私はいつも勇気づけられた。今でも時々連絡を取り合う仲だが、彼はいつでも幸せそうに笑う。そしてこう言う。
「過ぎたことは、まぁ、しかたあんめえよ(笑)」
人間は、誰かの心に触れることで生き生きと生きられる。私たち一人ひとりが「恩送り」の一部を担っている。その重さが本書の「生きる」という言葉には濃密に詰まっている。
【「海と生きる」プロローグ試し読み】 気仙沼の自称「田舎のおばちゃん」集団が、なぜ日本を代表する写真家たちと『気仙沼漁師カレンダー』を作れたのか?
【「海と生きる」1章前半試し読み】 「まだまだ気仙沼は大丈夫だ」、震災2日後にそう信じることができた白い漁船
【「海と生きる」1章後半試し読み】 「クリエイティブってなんだべ」の初プレゼン。感涙の『気仙沼漁師カレンダー』第1作が完成!
【タカザワケンジさん書評】 主役の「気仙沼つばき会」と漁師に、写真家が加わったことで奇跡的な「物語」になった
【畠山理仁さん書評】 すべての人は縁をつなぐために生きている。そんな読後感をもたらす一冊だ
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藤井保・浅田政志・川島小鳥・竹沢うるま・奥山由之・前康輔・幡野広志・市橋織江・公文健太郎・瀧本幹也――日本を代表する10名の写真家が撮影を担当し、2014年版から2024年版まで全10作を刊行。国内外で多数の賞も受賞した『気仙沼漁師カレンダー』。そのプロジェクトの10年以上にわたる舞台裏を綴るノンフィクション。
10名の写真家が選んだカレンダーでの思い入れの深い写真や、単独インタビューも掲載。写真ファンにとっても貴重な一冊。また木村伊兵衛賞受賞の写真家・岩根愛の撮りおろしによる本書のカバー・表紙にも注目。
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