2021.8.5
言葉で縫う、自分だけの物語の持つ強さ――作家・桜木紫乃が読む『限界風俗嬢』
――桜木さんが本作を評して「彼女たちには文体がある」としたのは、登場する一人ひとりの女性たちが、それぞれに物語を持っているから、ということでしょうか。
表現というものが、自分が何者なのかを知りたいという思いから生まれるものだとしたら、彼女たちは性を通して、自分という存在を確かめたり、答えを探そうとしている。私は作家なので、自分を知るために文章を書きますが、彼女たちにとってはそれが風俗なんだと思います。彼女たちの文体というのは、言葉ではなくて「性の現場」なんです。自分を表現できる場を持っている、ということですね。私が文章を書いて確かめていることを、彼女たちは体で確かめることができるんだろうな。
――最後に、桜木さんから見た、本書の最大の読みどころをご紹介いただけますか。
誰かに「あなたの話を聞かせてください」と取材をされたとして、よどみなく滔々と自分を語れる人って、そんなにはいないと思うんです。
彼女たちの言葉を読んでいて、最も違和感を持ったのがそこでした。
わからないこと、説明できないことが彼女たちにはない。それはどうしてだろうって考えたときに、彼女たち一人ひとりに、ここに至るまでの確固たる物語があって、その中では何一つ間違ってないし、全て理屈で説明できているんですね。言葉で自分を捉えなおしている。そこでは、こちらが期待した物語は展開しません。一読者として、彼女たちの物語を受け取るしかない。
昔、ストリップ劇場に通い始めた頃、当時既に引退していた伝説のストリッパー・清水ひとみさんに言われた言葉を思い出しました。
「この先長く踊り子と付き合っていたら、いつか彼女たちの嘘に気が付く時が来るでしょう。でも、彼女たちがそう言っている瞬間は、全て本当のことだから」
この「噓」というのは、相手を欺くためのものではありません。
読み手がまとわせようとする「かわいそう」という衣を、いかに器用にかわしていくか。彼女たちが一切揺らがないから、読み手が揺らぎはじめる。こんな気持ちにさせる読書体験はなかなかないと思いますよ。
『限界風俗嬢』好評発売中!
過去の傷を薄めるため……。
「してくれる」相手が欲しい……。
そこには、お金だけではない何かを求める思いがある。
ノンフィクションライター・小野一光が聞いた、彼女たちの事情とは。
著者が20年以上にわたる風俗取材で出会った風俗嬢たちのライフヒストリーを通して、現代社会で女性たちが抱えている「生と性」の現実を浮き彫りにするノンフィクション。
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