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灘中高→4浪で東京都立大のナツ・ミートが『学歴狂の詩』を読み解く

偏差値や大学名に異様な執念を持つ人間たちを描くノンフィクション『学歴狂の詩』が発売されました。
以前から著者・佐川恭一と親交を持ち、灘中高から4度の東大受験に失敗し東京都立大学に進学したナツ・ミートさんが、自身の体験をもとに読み解いた書評を掲載します。

受験勉強に魂を売った経験がある人間のリアリティ

受験勉強に傾倒した経験のある作家の学生時代の話はやはり面白い。理数系に絶対的な自信があり、結果的に大阪府立大学(現・大阪公立大学)工学部に進学した東野圭吾氏の「あの頃ぼくらはアホでした」というエッセイを読んだ時も似たようなことを感じた。狭い世界で生きていた当時の等身大の感覚を甦らせるような筆致により、多少誇大な表現であってもそこに強烈なリアリティが宿り、笑いながら読み進めることができる。

本作は特に様々な受験に関する情報に触れ、一度は受験勉強に魂を売った経験がある者であればあるほど面白いと思う、珠玉の小品集である。特に男子校進学校という歪な環境で氏が出会った屈折したキャラクター達に重なるような人間に出会ったことがあるかもしれないし、もしかしたらその内の1人はあなたのことかもしれない。

佐川氏は説く。世間的な評価に惑わされず、自分の尺度で生きることができる人間こそが素晴らしく、その方が人生の密度は高くなると。これ自体はあまりにありふれた言説だ。しかし、学歴“狂”となり就活までも“ラベリング”に惑わされてきた上で会社を辞めて現在作家をしている佐川氏に、自身の経験や様々な友人という“サンプル”を具体的に紹介されるとその言葉から想起されるイメージは無限の広がりを持つ。

また本書を読めばわかるが、たとえば自分が“魂の格”が高いと信じているような職業である官僚を目指すために東大文一を目指して努力し続けるのは美しい。単なる学歴厨ではない。では、単なる学歴厨はどうしようもないのだろうか。どうしようもない部分もあるだろう。しかし、佐川氏が説くように東大合格何人、京大合格何人、といった数値は個人の精神の複雑な機微を無視している。氏はこう続ける。こうしたわかりやすい基準を賞賛する流れに対抗する態度にこそ人間の善さが立ち現れるし、そういった際に機能するのが文学なのではないかと。村上龍も言うように純文学とは制度と生命力の抗争を扱うジャンルだと私も思う。受験勉強というどこまでも俗物的な戦いは、体制下で数値的に認められることを目指す部分もあるが、当然その一つ一つの中には各個人の血潮が漲っている。

中国では隋から清という非常に長きにわたり科挙という“ペーパー”試験に多くのインテリ達が生涯を捧げ、その人生を棒に振ってきた。“ペーパー”試験に魂を賭しすぎるのは、側から見れば“滑稽”でもある。こういった人類の歴史の中で長く繰り返されてきた悲喜交々を文章という手段を用いて活写できるのが元(現役?)学歴厨作家であり、作家として納得ができるとこまでいかないと気が済まないと思い続ける氏の筆力だと思う。

4度の受験で東京大学を諦める

学歴なるものの在り方の是非などについて論じる時ほど、論者の学歴遍歴による主観が入り混じるものはない。すべてがポジショントークとなる。ということで遅れ馳せながら、軽く自己紹介をする。私は灘中高出身で、それまでに幼稚園入試、小学校入試を突破してきた。灘中学には合格最低点で合格した。そして、灘高校を出た後、3浪まで東京大学しか受験せず、4度受験に失敗したことで東京大学を諦め、4浪で東京都立大学に進学した。

3浪まで東京大学しか受験しなかったのは、灘を出た人間がきちんと受験勉強をしたからには(到底できているとはいえない生活だったが)、医学部は例外だが京大“より”上の大学に進学しなければならないと思い込んでいたからである。

本作でのR高校入学までの佐川氏の無双っぷりは、自分が日本の未来を担う人材だと思い込んでもおかしくない状態である。自分は選ばれし人間で、少なくとも東京大学に入学することくらいは運命付けられていると。

一方、私は集団でトップになったことは一度もない。出身幼稚園からは結果灘に3人入り、そのうち1人は中学入試で次席だった。出身小学校からも灘に結果的に6人が入り2人が東京大学理科三類に入学した。

しかし、そんな私も心の中に『山月記』の李徴のごとく内なる魔物を飼い続けた。自分を恃むることを疑わず、何かとてつもない潜在能力があるのではないのかと。その結果が東京大学単願4年連続不合格だ。灘中学に合格する前から自分は東大理三に入ると思い込んでいたし、自分は文系の方が良いと気づいてからも、東大文系に入りテレビスターになり芥川賞も獲り総理大臣にならなくてはならないと思い込んでいた。

佐川氏は高校入学後に特進上位コースの初回の中間テストで自己認識を改めた。私も灘では異次元の天才も沢山見てきたわけで、確かにペーパーではかなわないと思ってはいたが、一応灘には入れるくらいの知性は証明されているわけだから非受験的な部分で佐川氏も言うように「やりようによっては勝てる」と思い続けてしまったのだ。

ありえないことに3浪時までマトモに努力しなかったためその誇大妄想が肥大してしまった部分もある。そして、3浪時である2020年にYouTubeで「東京大学に絶対合格するぞ!」と叫ぶような動画をあげていた。もう消されてしまったようだが、そのパロディで佐川氏は「絶対にノーベル文学賞を受賞するぞ!」みたいなツイートをしておられた。嬉しかった。

ところで、本書のテーマの一つとして極端さというものがあると思う。佐川氏は「学歴」と「作家」に関しては妥協ができない。そして、これらを取り払ったら自分には灰一つ残らないと言う。これは〈足るを知る男〉“本田”というバランスや身の丈ということにフォーカスして描かれている友人が登場する第11章におけるものだが、私にもかなり染みた。あとに続く部分はさらに刺さるものだった。佐川氏は本当に良い作品を書きたいだけなら無記名でネットにあげれば良いだけで、それを誰かに知られ書籍にしたいと望むのは、いくら綺麗な言葉で飾っても、人間らしい不純な欲望に基づくものだ、と言う。自分自身の作家として名を成したいという願望にしてみても結局のところ俗物的な価値観の中での承認欲求に過ぎないと考えているのだ。

P.S. たとえどこかの進学校で洗脳された旧帝主義者にバカにされる危険性があっても、京大志望者は早慶くらい受けておけというアドバイスも本書に書かれている。佐川氏が言うと重みが違う。それに大変なナイスハックだと思う。関西では京大に落ちると関関同立まで貫通してしまう。完璧主義になるのではなく早慶に引っかかることで闇落ちを防ぎ精神の完全破壊を防ぐのだという。「騙されたと思って」という枕詞や「1人でも精神を完全に破壊される者を減らすための、私からのお願いである」と重ねてる部分もあり、極端さに囚われてきた佐川氏だからこそ、本当に心からのお願いだというのが伝わる。まぁ私は4浪で早稲田に落ちたのですが…。

P.S. 「私の京大合格大作戦」に載ってた人物がロザン宇治原さんよりスターだという感覚について語られている箇所がある。私も大変共感できる。高学歴テレビタレントに会えるより、東進の合格体験記や理三で見た“スター”やなんならXで有名な浪人界隈の雄に会える方が私も絶対に嬉しい。

P.S. 16章で「わんこらチャンネル」の素晴らしさを説く友人が登場しており、これもかなり嬉しかった。その友人のキャラクターもあいまって。

佐川恭一『学歴狂の詩』刊行特集一覧
【小川哲 対談・前編(3月29日配信)】「学歴」というフィルターで世界を認識する狂人たち

【凹沢みなみ 紹介マンガ(3月25日配信)】 「神戸大学以上の学歴の女性」としか結婚しないと決めた東大文一原理主義者

『学歴狂の詩』ついに発売!

あまりの面白さに一気読み!
受験生も、かつて受験生だった人も、
みんな読むべき異形の青春記。
——森見登美彦さん(京大卒小説家)

最高でした。
第15章で〈非リア王〉遠藤が現役で京大を落ちた時、
思わず「ヨッシャ!」ってなりました。
——小川哲さん(小説家・東大卒)

ものすごくキモくて、ありえないほど懐かしい。
——ベテランちさん(東大医学部YouTuber)

なぜ我々は〈学歴〉に囚われるのか?
京大卒エリートから転落した奇才が放つ、笑いと狂気の学歴ノンフィクション!

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新刊紹介

ナツ・ミート

灘中学校・高等学校を卒業。4浪を経て東京都立大学在学中。2024年、都立大ミスターコンテスト・グランプリを獲得。浪人時代からYouTuberとしても活動する。

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