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場と機会を経営する【前編ゲスト:内沼晋太郎さん】

心地よい空間をつくるだけでは続かない。その「場」に、新しい体験やつながりを生む「機会」をどう設計し、経営していくか──。本特集では、書店や文化施設を手がける染谷拓郎さんが、2人の経営者と語り合います。前編のゲストは、バリューブックスや本屋B&Bをはじめ、 本を軸に多彩な活動を展開する内沼晋太郎さん。自由と秩序、経済と文化の両立をめぐり、「場と機会」をつくるヒントを探ります。

構成・文/染谷拓郎 撮影/土田凌
内沼晋太郎さん(右)と染谷拓郎さん(左)
内沼晋太郎さん(右)と染谷拓郎さん(左)

はじめまして、染谷拓郎と申します。株式会社ひらくという名前の会社の代表を務めています。これまで、「箱根本箱」「文喫」をはじめ、本のある場や文化施設を全国で手がけてきました。

数々の空間を企画・運営する中で、いつ訪れても風通しがよく、新しさを感じる場には何が必要を考えてきました。それは、「場」を作るだけでなく、その先に「機会」をつくる、そしてその「場と機会」を「経営」という視点で設計しなければいけない、ということ。これが現時点での僕の答えです。

これから2回にわたり、「場と機会を経営する」というテーマで、僕が尊敬する二人の先輩経営者にお話を伺います。経済的に持続できることと、その「場」で文化が醸成されていくこと。その両立に必要なことを、より明確にしていきたいと思っています。

これから場づくりをしようとしている人、いまある空間をどう育てようか悩んでいる人、あるいはもっと視野を広げて、どんなジャンルでも何か新しいことに挑戦してみたいと考えている方々にとって、ささやかでもヒントになるような話を届けられればうれしいです。

まず本題に入る前に、自己紹介をさせてください。

1987年茨城県守谷市出身。現在38歳。茨城県つくば市に妻と4人の子どもと暮らしています。経営と育児と家事の日々は本当にハードですが、なんとか毎日をしのいでいます。

子どものころから音楽と本と映画が大好きで、出版・音楽・映画に関わる仕事がしたいと「文化商社」を掲げていた日本出版販売株式会社(日販)に入社。最初の配属は物流センターで、DVDの出荷管理の担当。まじめに仕事はしていましたが、業務の流れがすでに完成されている中で「自分の仕事」としての実感が持てない日々が続き、もやもやが募っていきました。今思えば「目の前の仕事をちゃんとやれよ!」なのですが、当時は、自分で企画を立ち上げてみたいという思いが強かったです。

転機が来たのは2015年2月、グループ全社に向けて各部門からプレゼンテーションをする発表会があり、当時取り組んでいた事業と私的な活動(野外の読書イベント、コーヒー付きのライブなど)を話したところ、4月から設立される新規事業部に声をかけてもらうことになりました。

そこからの10年間でさまざまな事業開発に携わってきました。2022年4月には日販の子会社として株式会社ひらくを設立し、その代表を務めることになりました。いまは入場料のある本屋「文喫」の運営・経営と、プロデュース事業(民間・行政)の2軸を中心に事業展開しています。現在は各事業担当の取締役やチームメンバーが前線に立ってくれていますが、新しい領域の事業は僕自身が前に出る機会もあります。

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前置きが長くなりましたが、ここから本題に入りたいと思います。冒頭でも記したように、僕は、「場と機会を経営する」ことがこれからの社会に必要なことだと考えています。

まず「場づくり」は、いまやまちづくりやビジネスなどの文脈で欠かせないキーワードになっています。 居場所づくり、たまり場づくり、賑わい創出、といったキーワードが解決の手段としてよく使われていますよね。

でも「場」だけでは足りない。 これまでに、洗練された空間にコンセプトに合わせて選書した本棚をたくさんつくってきました。開業してすぐはたくさんの人を惹きつけるけれど、その先に僕たちが関わることができず、かつ現場であまり手をかけられなくなってしまって、数年後には当初の場の魅力を大きく損なってしまうことを幾度となく経験しました。

このままではいけない。こんな場づくりをしていては、誰にとっても失礼だ。場づくりをしたあとに、人がその場所に興味を持つ「機会」が足りていなかったのではないかと思い、それからは場をつくって終わりではなく、開業後にも関われる契約体系にしたり、関わらなくても場が回る仕組みを提案したりと、「場ができてから」を意識した提案をしてきました。

「機会」とは「いつそこに行っても、新しさを感じるための工夫のすべて」です。僕たちの仕事で言えば、本棚をメンテナンスして、本を手に取りやすくすること、現場のスタッフの皆さんが心地よく接客できる環境をつくることなど。

経営者という立場になってからは、「場と機会」を提供するためには、さらにその土台を整えることが必要で、自分一人がわかっていればよいのではなく、そのカルチャーやあり方をメンバーが実践できる環境がないと実現できないと痛感することになりました。

企画、実装、続けること。誰が、どこで、なにをやるか。答えはいく通りもある「場と機会を経営する」というテーマ。そこで第1回の対話のお相手は、ブック・コーディネーターでクリエイティブ・ディレクター、下北沢の本屋B&Bをはじめ複数の会社を経営されている内沼晋太郎さんにお話を聞いてみたいと思います。

2010年、社会人2年目の僕は、内沼さんの著書『本の未来をつくる仕事』に出会いました。この本が「小さくても何か個人活動を始めるべきだ」と背中を押してくれ、そこから内沼さんが主宰していた「これからの本屋講座」に参加し、小さな実践を重ねていきました。その結果、前述したように日販で新規事業に関わるようになりました。

そう考えると、僕にとって内沼さんはまさに「機会」を与えてくれた人。あれから15年、本と本屋に限らず、さまざまな「場と機会」をつくってこられた内沼さんに、いま考えていること、事業を続けていくことについて、お話を伺いました。

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「街の本屋」を支える座組

下北沢にある「本屋B&B」
下北沢にある「本屋B&B」

染谷 内沼さん、お久しぶりです。本日はよろしくお願いします。この企画は、「場と機会づくり」をテーマにしていて、初回のゲストはぜひ内沼さんに、と思っていました。

まずお尋ねしたいのが、内沼さんのお仕事の変遷です。内沼さんは現在5社の経営に携わっていらっしゃいますが、お仕事の内容や考え方がどう変わってきたかを聞いてみたいと思っています。

内沼 2012年にB&Bを開業して、その2年後に「これからの本屋講座」を始めました。同じ頃、『本の逆襲』という本を書きました。その後、経営する会社が増えていってしまいましたが、一見バラバラな活動に見えて、自分の中では地続きにつながっている感じですね。 ある意味で結局、ずっと「街の本屋」にかかわる仕事をやっているという気がします。

染谷 なるほど。

内沼 街の本屋というときの「街の」というのは、その地域の中で暮らしている人や働いている人が訪れるための場所、という意味を含んでいると思っています。もともと本屋という場所は、ふらっと入るだけで、得られるものがたくさんある。街の中にひらかれていることで、訪れる人に「自分は、実はこういうことに興味があったんじゃないか」と気づかせる機能を担っていると思うんです。

その街に暮らす人にとって本屋があったほうがいいのは間違いないけど、本屋単体では経営していくのがどんどん難しくなっている。だから僕は、それを支えるための事業の座組(組み合わせ)を考えたり、そのための会社をつくったりしています。

染谷 すごくわかります。僕も最近は座組の整理ばかりやっています。

内沼  場所というのは、最終的にはそこに自然と集まってくる人によってつくられるものですよね。だからこそ、座組やそこで働く人たちが重要になってくる。誰がどんな気持ちでその場づくりに主体性をもってかかわれるかが、結局のところ、集まる人たちの居心地に伝播していくので。

染谷 座組や事業スキームは内沼さんがすべて設計していくのですか?

内沼 いえ、それぞれの局面で関わる人たちと話しながらつくっています。僕も今、まるで最初から考えていたみたいに話しているけど、実際は結構、成り行きですね。悩みながらいろいろぶつかったり、変わったりしていく中で出来上がっていったものです。

自由と秩序のあいだを設計する

染谷 B&Bが立地する商業施設「BONUS TRACK」のプロデュースはどのようなきっかけで始まったのですか?

「本屋B&B」をはじめ個性豊かなお店が入居する「BONUS TRACK」
「本屋B&B」をはじめ個性豊かなお店が入居する「BONUS TRACK」

内沼 小田急電鉄と世田谷区による下北沢の再開発で、最初はB&Bとしてヒアリングを受けたんです。そこで意見を交わす中で、企画の提案を求められました。自分としては、この場所で本屋をただやるよりも、街づくりそのものに関わった方が意味があると感じて、結果的に施設全体の運営に携わるようになりました。

染谷 なるほど。B&Bをテナントとして入れるというよりも、まずエリア全体の設計から始まったわけですね。

内沼 出店者の選定にあたっては、それぞれの業態や価値観はもちろん、「どういう要素を持ち込むか」「この場でどう過ごしたいか」を対話の中で丁寧に確認していきました。結果的に、それぞれ「自分の足で立つ商い」をやっていることが、BONUS TRACKらしさになったと思います。

「BONUS TRACK」の広場
「BONUS TRACK」の広場

染谷 それって、まさに選書に近い感覚ですよね。どの本を並べるかというより、「どういう本が隣にあるか」で棚全体の空気が変わるように、出店者同士の関係性や距離感で、まちの雰囲気も変わってくるというか。

内沼 そうですね。BONUS TRACKでは、場のソフト面にかかわるスタッフは「編集者」という肩書をもっています。 必ずしもこちらが強く主導するのではなくて、この場所が有機的に育っていくことを大事にしています。過度に管理せず、入居者が気持ちよくやれる環境を整える。そうすることで、街は生き物のように変化していけると思うんです。

染谷 自由と秩序のあいだをどう設計するか、ということですね。僕もひらくの現場でいつも悩むのがそこです。「自由にやってください」と言うだけでは人は動けないし、でも決めすぎると場が死んでしまう。そのちょうどいいグラデーションを探るのがとても難しい。

内沼 その通りだと思います。BONUS TRACKも結果的には「商店街」的な構造でやっていて、広場を中心にイベントを開いたり、各店が協力しながら街に人を呼ぶ工夫をしています。誰か一人の集客力に依存するのではなく、それぞれの力を「持ち寄る」感じがいいなと思っています。

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内沼晋太郎

うちぬましんたろう
1980年生まれ。ブック・コーディネーター。株式会社NUMABOOKS代表取締役、株式会社バリューブックス取締役。新刊書店「本屋B&B」共同経営者、「日記屋 月日」店主として、本にかかわるさまざまな仕事に従事。また、東京・下北沢のまちづくり会社、株式会社散歩社の代表取締役も務める。著書に『これからの本屋読本』(NHK出版)『本の逆襲』(朝日出版社)などがある。現在、東京・下北沢と長野・御代田の二拠点生活。

染谷拓郎

そめやたくろう
2009年に日本出版販売株式会社(日販)入社。2022年より株式会社ひらく代表取締役社長。そのほか、ブックオーベルジュ箱根本箱を経営する株式会社ASHIKARI代表取締役社長、日販プラットフォーム創造事業本部副本部長を兼務。本のある場や文化施設の企画・実装・運営・経営を行う。令和5・6年度茨城県常総市まちなか再生プロデューサー。令和6・7年度JPIC読書アドバイザー養成講座講師

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