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上京して惨めな生活を送るエリート広告マンが大阪の旧友に語った懺悔とは?【麻布競馬場 新刊試し読み】

「イントネーションが、濁ってるから」

 それでも僕は標準語を話すのをやめなかったし、大阪は相変わらず息苦しい感じがしたし、自分の居場所は東京にあると信じていました。東京の大学ばかり受けて、でも東大は落ちて、滑り止めの慶應に満足して進学。上京の日。「のぞみ」の車窓を流れる大阪の街。ほんの少し、郷愁みたいな感情。

「関西から来たんでしょ」。新歓で行ったお笑い研究会で、内部高出身らしい先輩が、あまりにうつくしい標準語でそう僕を笑いました。「イントネーションが、濁ってるから」。田舎者なのに、頑張って標準語なんか話しちゃって。そう言わんばかりの目。あれだけ憧れた東京に、拒まれたような気がしました。

 代わりに映画サークルに入りました。映画の脚本もそれなりにうまく書けたらしく、映像化された作品はいくつか賞も貰いました。広告代理店勤務のOBに目をかけられて、CMプランナーとしてインターンも始めて、そのままインターン先に就職して、僕は広告業界に入りました。

「社内外とのコミュニケーションをもっと上手にやってもらわないと」。コミュニケーションをデザインするはずのこの業界ではありえない指摘を、僕は毎回の評価面談で受けました。優秀な同僚たちより圧倒的にいいものが書けるわけでも、上司や偉いクリエイターにかわいがられるわけでもない僕は、完全に停滞していました。

 いま振り返ると、大阪に来る前、東京の学校では友達らしい友達もいませんでした。学校では独りでいることが多かった気がします。両親が大阪に引っ越したのも、通信簿に書かれたそんな僕の交友関係を変えるいい機会だと思ったからかもしれません。事実、君のおかげで、高校では何人かの友達ができました。

 僕の、人を見下すその性格のために生じた東京での惨めな暮らしを、そのまま大阪に持ち込んで、それを大阪のせいにすることで僕は救われたような気持ちになって、いつも独りで図書館で本を読んでいたのかもしれません。その他責の底なし沼から僕を引き上げ、ステージに引っ張り上げてくれたのが、君だったのです。

 大学でも友達らしい友達はできず、いつも喫煙所で好きでもない煙草を吸っていました。会社でもそうです。孤独は日々増し、カートン買いしても追い付かないほどで、机に高く積み上がった黄色い煙草の箱は、その孤独の塔の上から人々を見下しているつもりでいて、しかし実際には人々から笑われている僕への皮肉のようでした。

 この間、僕が担当したラジオCMが小さな賞を取って、それで今日、表参道の小さなホールで授賞式がありました。「では一言」と言われたときにステージの上から眺めた、僕のことなんて興味がなさそうにスマホをいじったり、ビールを啜ったりする人々の冷やかな目を見て、急にふと、あの日のことを思い出したんです。

 大阪を見下し、君を見下し、東京に戻っても自分より書くのが下手な人を、それでいてコミュ力で仕事を取る人を見下し、僕より立派なものを書いて賞を取る人は見て見ぬふりをして、何か理由を付けて自分のかわいい自尊心に傷が付かないようにする。それを繰り返した末路が、僕のこの惨めな現状なのです。

 授賞式のステージに立ってやっと理解できました。君が、邪な気持ちなんかじゃなく、困窮の中にいた僕を救い出すために、純粋な優しさによって手を差し伸べてくれたこと。挑戦した僕を、高校のみんなが笑ったりせず、しかし大きな笑いをもって応援してくれたこと。大阪はそういう街だったのです。

 ここは東京で、君はこの街にいません。だから、僕は自分の力で変わらないといけない。最近、麻布十番に引っ越してきました。小さいけど川があるんです。川沿いの、深夜の誰もいない公園で、コンビニで買ったお酒を飲みながら、ふと君のことを思い出して、電話してみたんです。話し中だったけどね。

 どうしていいか分からないけど、もう少し、頑張ってみようと思うんです。恥ずかしいから折返しは不要です。今日、東京では桜が咲きました。君も、どうかお元気で。

『この部屋から東京タワーは永遠に見えない』試し読み
●第1回 “早稲田卒の教師が卒業式の日に語った自分自身の「あまりに惨めな人生の話」とは?
●第2回 大阪の旧友に向けられた上京して惨めな生活を送る広告マンの懺悔とは?

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新刊紹介

麻布競馬場

あざぶけいばじょう
1991年生まれ。慶応義塾大学卒業。
著書に『この部屋から東京タワーは永遠に見えない』(集英社)、『令和元年の人生ゲーム』(文藝春秋)。

Twitter@63cities


(イラスト:岡村優太)

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