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【対談】麻布競馬場と冬野梅子が考える「東京に来なかったほうが幸せだった?」

「まじめ」はコスパがいい

麻布 僕の本の中に「真面目な真也くんの話」っていうのがあって、「彼はどうも頑張ることに逃げているらしい」という一文があるんです。冬野さんも、4巻巻末のあとがきに、「まじめ」の解釈についての文章を書いてらしたじゃないですか。その意図を教えてほしいなと思って。いろんな読み方ができるような気もするし、実際のところ、何を思って書かれたのかっていうのをお聞きしたかったんですよね。

冬野 『まじめな会社員』を読んで、あみ子を「わかる」と思ってくださる読者の方がほとんどだったんですけど、たまに、あみ子のような女性を貶めるものとして、笑うために描いてるって思われることがあったんです。そういうことではないなっていうのはちゃんと書いておきたいと思って。
受け身なまじめさを、駄目だから直しなさいって言ってるわけではなくて、素直にちゃんとみんなの期待に応えよう、最低限できることをやろうと思うと、結果こうなっちゃうよねっていう。自分は勉強が得意なわけでも、運動ができるわけでも、かわいいわけでもないからってなると、便利屋みたいになって、結局ふと気付いたら、何となく扱いやすいけど誰にとっても大事じゃないみたいな人にはなっちゃうよね、でも、それは別にあなたのせいじゃないよ、っていうのはすごく言いたくて書いたあとがきです。

麻布 確かに「都合のいい存在」っていうのは、作品の中ですごく描かれてるなと思ってて。1巻のDJイベントのエピソードとかもそうだし、あみ子には綾ちゃん以外に特に友達ができてない気がしたんですよ。綾ちゃんは別にみんなに優しいし、結局、最後も二人は会えずに終わるじゃないですか。冬野さんはあみ子ってキャラクターをどう評価してるか、聞きたかったんですよね。好きなのか、嫌いなのか。どんな人だと思ってるのか。

冬野 愛憎入り混じった、好きな部分もあり、やっぱり憎い存在でもあり……っていう感じですね。

麻布 あるインタビューの中で、「1カ月のうち一番ネガティブな日の自分」って答えてたのがすごく印象的で。

冬野 絶対自分にある、切り離せない部分。ないほうがいいんだけど、一緒にいるのが長すぎて愛着も湧いちゃってる卑屈さっていうか。卑屈だと結構楽っていうのもあるとは思うんです。
「どうせ私なんて」って思ってれば、閉じこもって生きてはいけるっていうか、気持ちはやっぱり楽。そこで本当にやるべきことに時間を割かなかったとか、仮にダイエットでも、正しいダイエットの仕方をしなかったから痩せなかったって思うよりは、「あのダイエットの方法が間違ってた」って思ったほうが楽っていうか。

麻布 「私はちゃんと頑張ったのに」って。

冬野 私は毎日走ってたのに!みたいな。でも、本当だったら1カ月やってみて、このやり方でいいのか検証するのがたぶん正しいんですけど、それをしないための言い訳でもあり。その気持ちがすごいわかるから、それを責めたくもないんですよね。それを間違ってるとかあんまり言いたくなくて、「そんなもんだよね」っていう感じの気持ちですね。

麻布 あみ子もそうですけど、やっぱり真面目な人って素直ですよね。言われたとおりにやるっていうか、ある種、それで他責にしてる部分もあるのかもしれない。

冬野 反抗しなければ怒られないっていうところもあるので。一番楽は楽ですね。「真面目な真也くんの話」、皮肉なタイトルだなって思って読んでたんですけど。

麻布 あれも書きたいことってまさしくそこなんですよね。他人の言うとおりだとか、社会が求めるがままに正しい価値観でずっと動いていれば、別に成果が出なくても自分は正しいことをやってる気持ちにはなれるっていう。真面目ってコスパがいいんですよ。人が言うとおりにしてればいいし、頭使わなくていいし、世の中の常識から離れたPDCAを回す必要はないし。
結構そういう人が大学にいたんですよね、特に指定校推薦の人とか。商学部とかに行って、土日もちゃんと図書館に来て、一生懸命、課題図書読んで。でも、成績はCで、入りたいゼミに落ちるみたいな。

冬野 つらい……。

麻布 すごいいいやつなんですよ、みんな。でも、自分の息子にはこうなってほしくないなとも思うし、自分もこうなりたくないなとも思うし。だから、見てると申し訳なくなるんです。自分も回転寿司が流れ去っていくように彼の人生の不幸を見逃してしまったんだって思うと、すごい悲しい気持ちなんですよね。そういう気持ちを成仏させるために書いた短編だったんですよ。

本を出したことを、身近な人には誰にも教えていないという麻布競馬場さん。
本を出したことを、身近な人には誰にも教えていないという麻布競馬場さん。

「本物の東京を知らない」

麻布 あみ子にはそういうモデルになった人とか、エピソードとかってあるんですか?

冬野 あみ子にはモデルはいないですね。でも、テレビで見たり、実際に街歩いたりして、人が話してる会話とかを聞いて、いいなって思ったのをそのまま使ったりもしてるんで。具体的な「この人」っていうのはないんですけど、割とそういうのは取り入れてます。

麻布 ヒップホップ的なサンプリングの発想だ。

冬野 でも、私最近気付いたのが、作家さんってそう答える人が多くて。人の話を聞いて~とか、半分ぐらい脚色で~とか言う。本当はめちゃくちゃ身近にモデルがいても、言ったらまずいから黙ってるだけなのかなともちょっと思ったんですよね。

麻布 確かに一人の人物をモデルにしましたって、ズルしてる感じがしますよね。

冬野 バレたら怒られそう。

麻布 身近な人が読んだらわかっちゃうだろうな。冬野さんは周囲に、漫画家だってことバレてるんですよね?

冬野 バレてます。友達の服装とか参考にしてますし。人格はそうじゃないんだけど、服装のテイストは借りてるから、若干、本人に見られたら心証が良くないっていうのはありますね。

麻布 僕らが書く人って、悪意はないんですけど、ちょっとダサい一面を必ず持つじゃないですか。

冬野 そうですね。喜んでくれるかっていうと微妙だなと。だから最近は、手近なところで済ませないように気をつけようと思ってます。

麻布 僕は、全く未知の世界で活躍する主人公って書けなくて。結果、こういう似たような人々のおしまいな感じの話になってしまう。すごいワンパターンだってレビュー書かれるんですよ。でも、自分の周りにはワンパターンな人しかいないし、東京における30歳の人生ってそもそも割とワンパターンですよね。
あと、よくTwitterで「麻布競馬場は本物の東京を知らない」みたいな、こいつは実は貧乏な40代で、安い寿司屋ばっか行ってんじゃねえかみたいな風に書かれるんですよ(笑)。みんな、自分に見えてる東京が本物の東京と思ってるんでしょうね。

冬野 これからも身近なところで題材を見つけるんですか?

麻布 最近、ちょっと人を嫌な気持ちにしたくないなって欲が出てきて。そのとき僕に何ができるだろうって考えると、概念をディスれば、それは個々人にリーチしないんじゃないかと思って。アイコンをディスってるっていうか。「あなたじゃないんだよ、ウユニ塩湖に行った人をディスってるんですよ」っていうことに落とし込めばいいんだと思って。やっぱりトータルでディスると罪悪感が減る気がするんですよ。

冬野 ウユニ塩湖に行って写真撮ったことのある1万人分の1ぐらいの罪悪感に薄められる(笑)。最初にちょっと卑屈な感じの本を出してても、10年後とかには勇気をくれた100の言葉みたいな本を……。

麻布 『心がふっと軽くなる麻布競馬場20の言葉』みたいな。

冬野 そう。「この人、昔、すごい東京の人ディスってたんだよ」って言われる。

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冬野梅子

漫画家。2019年『マッチングアプリで会った人だろ!』で 「清野とおるエッセイ漫画大賞」期待賞を受賞。その後『普通の人でいいのに!』(モーニング月例賞2020年5月期奨励賞受賞作)が公開されるやいなや、あまりにもリアルな自意識描写がTwitterを中心に話題となり、一大論争を巻き起こした。2022年7月に、派遣社員・菊池あみ子の生き地獄を描いた『まじめな会社員』(講談社)全4巻が完結。
最新刊は『スルーロマンス』(講談社)全5巻。

Twitter @umek3o

麻布競馬場

あざぶけいばじょう
1991年生まれ。慶応義塾大学卒業。
著書に『この部屋から東京タワーは永遠に見えない』(集英社)、『令和元年の人生ゲーム』(文藝春秋)。

Twitter@63cities


(イラスト:岡村優太)

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