2021.8.29
注目対談! 『全裸監督』本橋信宏×『限界風俗嬢』小野一光「 ノンフィクションライターの歩き方」
「永沢光雄」という天才
本橋 それから当時の白夜と言えば、後に『AV女優』を書いた、永沢光雄。
小野 永沢さんもいましたね。『ベスト官能』と『ルポルノマガジン』の編集をやっていて。当時の僕の上司の松沢さん(編集部注:カメラマンの松沢雅彦氏)と永沢さんが仲良かったので、一緒によく飲んでました。
本橋 私が『ビデオ・ザ・ワールド』でAV女優のインタビューを始めたのが87年で、その後永沢さんが白夜をやめてフリーになって、同じくAV女優のインタビューを書き始めて。あれは、初めて読んだ時は衝撃だった。
小野 永沢さんの原稿は、いわゆる私事、自分の日常の話から始まって、そこで女優の話が登場してくるっていう。
本橋 白夜の伝統芸かもしれないね。無名のいちライターの日常なんか読みたかないよって普通は思うんだけど、それを綿々と書くんだよね。私小説なんですよ。
小野 まあ面白いならいいじゃんっていう話で、全部OKになってたんで。文字数が倍になったら、活字の級数を下げて全部載せるという(笑)。そういう空気があったから永沢光雄さんも生まれたんだと思いますね。定型を強要する媒体だったらできなかったでしょうから。
本橋 白夜じゃないと開花しなかった才能だろうね。私、彼のインタビュー現場は見たことないんだけど、結構しゃべるの?
小野 永沢さんって、聞き出そうとは全然しないので。もともと朴訥な方というか、能弁なほうではないですから。相手がしゃべらない女の子だと、お互いずっと黙ったままで。しだいに女の子のほうから我慢できなくなってしゃべってくれるっていう。
本橋 インタビュー中もずっとお酒飲んでるんでしょう?
小野 白夜書房の会議室にAV女優の女の子が来て話を聞くことが多いんですけど、永沢さんはお酒飲みながら、横でずっと黙ってて。中沢(慎一)さんも一緒にいると、中沢さんはずっとしゃべってる(笑)。
本橋 中沢さん、おしゃべりだから。
小野 永沢さんはずっと黙ってて何にも聞いてくれないから、しょうがなく女の子からしゃべり出すっていうことだったようです。
本橋 その精神力、すごいよね。毎回、彼女たちのかなりプライベートな部分、ドラマティックな話は、どうやって聞いてたんだろう。自分からしゃべってくれるのかな。
小野 永沢さんは、基本は相づちを打つぐらいだった。横から中沢さんが遠慮なく聞いたりして。ある意味、刑事の取り調べと一緒で、片方が怒らせて、片方が優しい人だったらそっちに話したくなるっていうのと同じようなものがあったのかもしれないですね。
本橋 基本、インタビューって肉声が命なんですよ。だから、女の子から聞き出した言葉は、カギカッコで全部くくって使いたいのが、記者の性だと思うわけ。週刊誌の仕事なんて、その肉声が取れるかどうかってところで勝負してるでしょう。
永沢光雄の何がすごいかって、それを一旦咀嚼した上で全部消して、「小説」として書くんだよね。ある回によっては、視点を変えるんですよ。どこに今回の主役の女の子が出てくるかと読んでいくと、その女の子の彼氏の視点で書いてある。その彼女が出会った男たちの視点から書く。視点の移動があるんだよね。こんな高度なテクニック使ってるのかって本当に衝撃的でしたよ。
小野 僕も週刊誌で書いてるんで、ああいうふうにはなかなかできないですね。
中沢さんが『ビデオ・ザ・ワールド』の編集長だったからこそ声をかけて、そのまま担当編集もしていたわけで、あの人はやっぱりそういうところが名伯楽なんですよ。
本橋 本当に惜しい才能だったよ。他の誰もあんなふうに書けないのに。47歳って早すぎる。酒で命を縮めた。
小野 インタビュー中も、執筆中も、講演会の最中ですら飲んでましたからね。「僕はこれがないとしゃべれないんで」って。
本橋さんはお酒飲まないじゃないですか。頭の中って、常にクリアな状態で書かれてます? 僕は、お酒は飲めるんですけど、飲んだら一切もう原稿にはタッチできないんですよ。だから、今夜原稿書かなきゃいけないっていうときは、お酒は必ず諦めてます。
本橋 私は下戸だから。勝谷誠彦さんも酒で命を縮めた。酒からいかに離れていられるかって、大事かもしれないね。