2021.7.11
虐待サバイバーの菅野久美子さんが、ストリップ劇場で母と共有した「魔法」
母もまた親に愛されない子供として育った
思えば私の母の虐待は、物心ついたときから始まっていた。母は気に食わないことがあると幼稚園児だった私の頭を、風呂の水に力ずくで押し込んだり、毛布で体中をぐるぐる巻きにして呼吸困難に陥らせるなど肉体的、精神的虐待を行ってきた。
そんな母だったが、子供心に印象的な出来事がある。母が実家に里帰りすると、時折大声で祖父母と罵りあっていたのだ。
「なんで私のことを放っておいたの? なんで私だけ兄弟と扱いが違ったの!?」
母はそう言って、よく泣きながら実家を飛び出していた。母は5人姉妹の4番目で、両親からネグレクトされて育ったらしい。アサがふとしたきっかけでその連鎖に思い至ったように、私も幼心に母が抱える苦しみに気づいていた。
アサは本書の最終章で、母もまた親に愛されない子供として育った過去と向き合う。その上で、「私のゴールは母を許すことではない」として「私はこの連鎖を終わらせ、幸せになりたい。それはきっと一生の仕事になるでしょう」と決意する。アサは様々な葛藤を抱えながらも母と絶縁することで、自らの人生を取り戻した。そしてあれほど恐れていた母が、実はとても弱い人間であったことをはたと知る。
現在、私もアサと同じように、母と絶縁状態にある。しかし、数年前まで母と私はお互いを傷つけあうような関係が続いていた。そんな私にとって、今でも忘れられない母とのエピソードがある。
私の趣味はストリップの観劇だ。ステージで全てを脱ぎ捨てた女性たちの姿をみると、心の底から癒され、元気になるのだ。数年前に母が上京したとき、思い切って母をストリップ劇場に連れていった。なぜだか母とその体験を共有したいと思ったのだ。ステージ上でキラキラと輝く踊り子さんたちは神々しく、女神のような慈愛に満ちた視線を私たち親子に投げかけてくれた。母は私の横に座って、そんな女性たちをずっと見つめている。
「久美ちゃん、この人たち、すごくキレイだね」
母の口からふと出たその言葉に、なぜだか涙が溢れてきた。母も私も親によって目に見えない傷をたくさん負い、命がけで生きてきた。一糸まとわぬ姿の踊り子さんが、そんな傷だらけの私たちをすっぽりと包み込んだ気がしたのだ。それはとても心地よく、同じ痛みを知る者だけがかかる特別な魔法だった。短い時間に起こった出来事だけれど、奇跡的で不思議な体験だった。母と共にしたあの瞬間は、今も脳裏に焼きついている。
母が私にやったことは正しいとはいえない。でも、私と同じ傷を受けた幼少期の母が救われ、癒されることを祈りたいと思う私がいる。だから、私は母をストリップに誘ったのだろう。それはきっと赦す、赦されるという次元を超えたものなのだ。
そして、あの瞬間は私たち親子にとっての特別な魔法に過ぎなかったけれど、いつかアサや、アサの母、そして親によって傷ついたすべての子供たちの心が浄化されるよう、強く願わずにはいられない。
(文/菅野久美子)
●第2回 母からの虐待・絶縁の先に…。歌川たいじさんが「毒親から逃げていい」に抱いた違和感の正体(歌川たいじさん/小説家・漫画家)
●第3回 「逃げたあなたはがんばった」 おぐらなおみさんが、親を許せない人に伝えたいこと(おぐらなおみさん/漫画家・イラストレーター)
●第4回 新宗教にハマった母にネグレクト…漫画家・菊池真理子さんが気づいたアダルトチルドレンからの回復に必要なこと(菊池真理子さん/漫画家)
●第5回『ペリリュー』作者・武田一義さん描き下ろしメッセージ。魂に傷を負った人に届けたい、大好きな言葉(武田一義さん/漫画家)
断ちがたい親との関係に深く切り込むコミックエッセイ
エイトとアサは一軒家に住む若夫婦。
転職を繰り返す夫を心配しながらも、家を整えささやかな暮らしを営むアサ。
やがて待望の第一子を授かるが、孫の顔を見るためにと頻繁に訪ねてくる実母の言動にアサの苦悩は尽きず、幼い頃の記憶がよみがえる……。
「よみタイ」で大反響を呼んだ連載に、アサの母の生い立ちや実家の人々の謎が解き明かされる描き下ろしと小島慶子さんの巻末エッセイを加え、待望の書籍化。
コミック『実家が放してくれません』の詳細はこちらから。
第1話はこちらからお読みいただけます→1.いい天気の日に「仕事見つかりそう?」は言いにくいものです