2024.1.19
「進研ゼミの漫画」と「不倫体験談」に共通する物語のパターン? なぜ人間は類型的なストーリーに魅かれてしまうのか
今回、「進研ゼミ」の漫画を作成する中でわかった「パターン化された紋切り型の世界」など、様々な場所で流通する「物語のパターン」についてエッセイを執筆していただきました。
どうして人間は「定型的な物語」に惹かれてしまうのでしょうか?
ポルノ雑誌のアルバイト
第169回芥川賞受賞作にして2023年の最大の話題作市川沙央『ハンチバック』は、風俗ライターの〈私〉が「ハプニング・バー」での港区女子との「即ハメ」体験記事を納品する場面から始まります。ところが、実はこの語り手は重度の身体障害者であり、介護なしでは食事も取れない体であることがすぐに明かされます。つまり語り手は、ハプニング・バーどころか性行為もほとんど不可能であり、想像だけで乱交記事を書いていたというアイロニーです。
ただわたしはこの部分を読んだとき、20数年前のことを思い出してほくそ笑んでしまいました。20代の終わりのわたしも淫乱熟女の不倫告白記やらコギャルのワンナイトラブ体験記などを量産して学費と生活費を補っていたのです。ちなみに当時の自分は冴えない大学院生で、性別は今も昔も男性です。
きっかけは大学院に入る前に勤めていた会社の先輩がポルノ雑誌の出版社に転職したことでした。使い勝手のいいライターを求めていた先輩が、貧乏を嘆くわたしに目をつけたのです。労働条件は相当にひどいものでした。夜中にアパートのファックスが鳴り出し、企画内容と文字数、過去の似たような記事サンプルが吐き出される。スケジュールはよくて中2日で、最悪の場合、翌日午後イチまでに、エロ体験記800字×10本納品してください、といった具合です。それを見たら、それまで何をしていようとも放り出し、ひたすらエロい妄想を膨らませながら、徹夜で書き続けるほかありません。
けれどもこの仕事は嫌ではなかった。むしろ、楽しかった。
なにしろ、論文と違って頭を使いません。資料を集めている時間ももちろんない。頼るは気合いと集中力のみ。一気に書き上げたら推敲もせず納品し、あとはオナニーでもして寝るだけです。今の自分は、小説や論文や批評を書いていますが、原稿を書き終えても、とてもあの時のように爽快な気持ちにはなれません。
もちろん、過去に熟女ともコギャルとも一切縁のなかった陰キャ院生が大量の原稿を書き飛ばせたのは、それらがパターンと紋切り型でできていたからです。原稿内容に、書き手の(貧しい)性体験は反映されていなかった。『ハンチバック』の主人公と一緒です。パターンさえ習得すれば、現実とまったく関係のない文章を人は楽々書くことができるのです。