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「進研ゼミの漫画」と「不倫体験談」に共通する物語のパターン? なぜ人間は類型的なストーリーに魅かれてしまうのか

物語の生まれる原初のスープ

逆説的に響くかもしれませんが、もっとも流布する物語とは、複雑な現実を反映しておらず、すぐに読み捨てられ、忘れられるような物語です。

それはこの地球上でもっとも数の多い生物が、哺乳類などの高等生物ではなく、昆虫であるのに似ています。すぐれた文学や映画は高等生物にも似た複雑さを備えていますが、わたしが作ったDMマンガやエロ記事はそれと比べたら昆虫どころか単細胞生物のようなものでしょう。読者の大半は、読み終えて数分後にはその存在を忘れたはずです。しかし、だからこそ、そうした単純な物語は作り手をかえて何度も再生するのです。

しかしわたしがDMやエロ記事を作成していた1990年代と今では大きく違うことがあります。それはインターネットの普及です。90年代当時、自分が作った物語が印刷されてマガジンラックに並ぶためには少なくともライターである必要がありました。しかし今では嘘であれほんとであれ、誰でも何らかの「物語」をネットで発信することができるようになりました。それこそ性的な体験談だって(またしても嘘であれほんとであれ)SNSや動画サイトにたくさんあるでしょう。それを受けて別の誰かがまた同じような物語を作り出す。単純でパターン化された物語はいつでも他の物語を焼き直すことで生まれます。もちろんわたしのDMマンガやエロ記事もそうでした。インターネットはこの物語の消費/生産のサイクルを万人に解放しました。

消費社会の中で、人々が積極的に娯楽として物語を生産していく、このことに早くから注目していたのが批評家の大塚英志でした。1980年代に彼は「ビックリマンチョコ」というお菓子のオマケシールが子どもたちの間で流行していることを取り上げています 。シールの裏側には架空の神々の「うわさ」が書いてありました。子どもたちはそうした「うわさ」を集めて、神話体系を想像することを楽しんでいたのです。このように、断片的な情報を組み合わせて何らかの物語を生み出すことを大塚英志は「物語消費」と呼びましたが、インターネット以降「物語消費」はごくありふれたものになっています。いわゆる「陰謀論」などはその最たるものであり、陰謀論に熱中する人たちがいるのは、端的に楽しいからだろうとわたしは思っています。

ところで、太古の地球を覆っていた海のことを「生命のスープ」と呼ぶことがあるのを聞いたことあるでしょうか。当時の海洋にはアミノ酸など無数の有機物が蓄えられており、それらの偶然の化学反応から原始的な生命が誕生したという考えからそう呼ぶのです。それになぞらえて、インターネットを「物語のスープ」のようなものだと考えるといいかもしれません。そこでは無数の情報の断片が浮遊しており、それらが化学反応して原始的な物語が生まれます。それらの大半はたちまち壊れて死滅するでしょうが、中には増殖に成功して繁栄を謳歌するものだってあるでしょう。

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倉数茂

1969年生まれ。大学院修了後、中国大陸の大学で5年間日本文学を教える。帰国後の2011年、第1回ピュアフル小説賞「大賞」を受賞した『黒揚羽の夏』でデビュー。18年に刊行された『名もなき王国』で第39回日本SF大賞、第32回三島由紀夫賞にダブルノミネート。

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