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山で生きる祖父が体現していた、本当の意味での「稼ぐ力」

山が「一番快適な状態」を教えてくれる

 キャンプ好きの芸人が山を購入したことから、山林を購入する人が増えつつあります。

 とはいえ、山林は保有しているだけで固定資産税がかかりますし、伐採や林道の整備などをマメに行わないと、キャンプで利用するのも困難なジャングルになってしまいます。山林は意外に安いので手を出したけど、コストばかりがかかってしょうがないから手放そうとしたら売れずに困っている、という人も出てきているようです。

 他方で、実際に自分の山に住んでいる山主さんの多くは、自分の山林を手放すことなく、大事に手入れを続けています。先祖代々受け継いできた山だから、山を維持することで水資源と景観が維持されるのだから、とロマンや理念に基づく美談で語られることも多いですが、ロマンではお腹は膨れません。大事なことは、山と上手く付き合い、生きていくに必要な分くらい稼いでいくことです。

 じゃあ、山と上手く付き合うということは、どういうことなのでしょうか? そのヒントをくれるのがPetersら(2009)の、以下の論文です。

Peters, M., Frehse, J., & Buhalis, D. (2009). The importance of lifestyle entrepreneurship: A conceptual study of the tourism industry. PASOS. Revista de Turismo y Patrimonio Cultural, 7(3), 393-405.

 企業家がなぜイノベーションから利益を得られるのか。簡単に言ってしまうと、今まで利益を生み出す「価値」とは思われていなかったモノを、「こんな利用価値があるよ」とサービスや製品という形で提示していくからです。この意味で、企業家は私達の日常世界と、生き馬の目を抜くような利潤の奪い合いをしている市場との境界に位置して、「新しく売り込めるもの」を日常世界から市場に持ち込むブローカー的な役割を果たしているといえるでしょう。山主さんたちは、山で育まれる様々なものを、市場に持ち込んでいくことで「稼いで」いく企業家であると言えます。

 その上でPetersらは、近代的・合理的な経営手法の拒絶がライフスタイル企業家に共通する特徴であると指摘しています。第一回でもお話したように、起業してある程度稼げるようになると、当然、商売仲間や投資家、銀行から「もっと稼げるから、投資して事業を拡大しないか?」という誘いも多くなってきます。ライフスタイル企業家は、これを「罠」だと考えて拒んでいきます。投資を受けて商売の規模を大きくしていくと、投資家や株主、取引先やお客様に対する責任もどんどん大きくなってしまう。従業員を食わせるために、同業他社と競争して市場シェアを拡大していくことも求められてしまう。そうこうしているうちに、売上高の増大と引き換えに、自分の「稼ぎ」の基盤となっていた趣味や生活スタイルそのものが壊されてしまいます。

 もちろん、日常世界と市場との接点を維持しておかなければ、「稼ぐ」ことはできません。そこでPetersらは、ライフスタイル企業家は生活の質と稼ぎがちょうどよくバランスするところが「一番快適な状態」であると判断して、意図的に成長も競争も放棄すると結論づけています。

 ところで、生活の質と稼ぎのバランスをとるというと、当たり前のことだと思えますがこれが難しい。私達には程度の差こそあれ金持ちになってみたいという欲があります。市場の持つ魔力はその欲を刺激して、簡単に私達を「稼ぎまくる」方向に駆り立てていきます。その先にあるのが、「仕事の充実と成功が人生の喜び」と考える、一昔前の価値観であると言えます。しかし、そこそこ起業の立場から言わせれば、それは市場という魔物に身も心も支配され、自分自身や周りの仲間達までを「資源」として食いつぶしながら、売上の拡大を精神的充実として錯誤していく修羅の道です。

 祖父を始めとした山主さんたちが修羅道に落ちないのは、自分が「一番快適な状態」であるかどうかを確かめる、判断基準として山を持っているからです。山が産み出してくれる資源は有限です。儲かるに任せて山で採れるものを売りさばいていくと、すぐに再生不可能な状態の禿山になってしまい、生活が成り立たなくなる。だから山で生きる人たちは「山を守れるか?」を判断基準に持ちます。いわば、「どれくらいの稼ぎが適切なのか」は、山が教えてくれるわけです。山から「何が売れるのか」を知っているだけでは半人前、「これくらいの稼ぎを維持しよう」と山と対話できるようになって初めて、「ナイフ一本あったら山で生きていける」と言える達人になれるわけです。

 そこそこ起業を目指すにあたって、自分の判断基準になってもらえる外部と「対話する」ことは、すごく大事なことだと思います。この対話するという感覚は、マーケティングや経営戦略が発達し経営手法が高度化し、「仲間」が「メイン顧客」や「顧客」、「競合相手」などの役割が与えられる中で、利益を求める「交渉」に入れ替わってしまいました。そこそこ起業を上手くやっていくためには、私の祖父にとっての山のように、大事にしているお客様とか仲間たちなど「稼がせてくれる」全ての他者との対話によって、自分にとって「一番快適な状態」を見出していくことが必要不可欠であると思います。

 連載第5回は7/18(月)公開予定です。

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高橋勅徳

たかはし・みさのり
東京都立大学大学院経営学研究科准教授。
神戸大学大学院経営学研究科博士課程前期課程修了。2002年神戸大学大学院経営学研究科博士課程後期課程修了。博士(経営学)。
専攻は企業家研究、ソーシャル・イノベーション論。
2009年、第4回日本ベンチャー学会清成忠男賞本賞受賞。2019年、日本NPO学会 第17回日本NPO学会賞 優秀賞受賞。
自身の婚活体験を基にした著書『婚活戦略 商品化する男女と市場の力学』がSNSを中心に大きな話題となった。

Twitter @misanori0818

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