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経営学者、キッチンカーでラーメン屋になる? 屋台が人間を解放してくれる理由とは

屋台は人を解放してくれる

 投資はビジネスチャンスを広げ、利益の拡大をもたらす一方で、倒産リスクも高めていきます。ライフスタイル企業家の論文の多くが低投資を強調するのは、それだけで倒産の可能性が減り、少ない売上からでも十分な利益を得られるからです。低投資のビジネスは、生存という面で、実は「強い」のです。

 僻地や街の中心部からちょっと外れたところにある、個人経営の食堂や町中華のお店ってありますよね。格別美味しいわけでも無い普通の食堂なのに、下手すると親子三代で通っている常連さんいるくらいの老舗だったりします。こういうお店は、コロナ禍で大手の外食チェーン店でも店舗を整理している中、しぶとく経営を続けています。あれ、実はテナントではなく自前の物件で職住一致の経営をしていることが強みになっているわけです。低投資で起業し、経営できるということは、それだけで私達に持続可能な生活を担保してくれるわけです。

 この低投資・低成長の飲食店経営は、最近の研究で以外な角度から注目されています。

Yanto, C., 2017. Social entrepreneurship as emancipatory work. Journal of Business Venturing, 32(6), 657–673.

 Yanto氏が2017年に発表したこの論文は、インドネシアのイスラム過激派をカフェの経営者として独立させていく、社会復帰プログラムに注目します。イスラム過激派に限らず、犯罪者の人たちの社会復帰が何故難しいのかというと、その経歴から一般社会から排除され、就職できないからです。折角、「カタギとして生きていく」と決心しても、ろくに就職もできず、職場の人間関係で過去をほじくり出され、気がつくと元のヤクザな生活に戻ってしまう。なぜなら、そここそが、自分にとって居心地の良い大切な場所だから——日本のヤクザ映画でも繰り返し取り上げられるモチーフですが、あれは現実の社会で起こっていることの反映でもあるわけです。

 だから、「前歴に関係なく、新しく生きていける場所」を用意していこう、というのがこの社会復帰プログラムの狙いであり、そのために東南アジアでは低リスク・低投資で起業可能なカフェ経営が選ばれたわけです。この調査結果から、Yanto氏は起業には、私達を取り巻く、色々なしがらみ——イデオロギーからの解放という重要な機能が見落とされてきたと指摘します。

 タイやインドネシアといったアジア諸国を旅行すると、多様な屋台で街が賑わい、観光名所にもなっていることを目にすることが多いと思います。日本と比べるとこれらの国は法制度も社会保障も不十分なのですが、同時に、規制もゆるく簡便な手続きで屋台を出せる環境にありますし、社会復帰プログラムに限らず、失業者や母子家庭で行き場や稼ぎを失った人たちを屋台の経営者として自立させる半商業的なコミュニティーが各所に点在し、見えざる社会インフラとして機能しています。

 いわば、屋台が社会から排除され、行き場を失い、一歩間違えれば裏社会に突入してしまうというクソみたいな環境から、解放してくれているのです。そう考えると、不意のリストラなどで長年勤めていた会社を解雇されるだけで、子供の養育費や住宅ローンの支払いで首が回らなくなり、年齢と学歴・職歴によっては再就職すらままならない日本と、「いざとなれば屋台を引いて生きていける」と思えるアジア諸国、どっちが幸せな社会なのかわからなくなってきます。

 もちろん、私も直面した、キッチンカーや屋台の出店をめぐる様々な規制は、安全な食の提供や治安の維持の観点から必要不可欠であることは理解しています。同時に、複雑怪奇な手続きと許認可のメカニズムが、我々をサラリーマン生活に縛り付け、多重のリスクを背負う形でないと起業を許さず、最終的には生きる力を奪ってしまっている、という見方もできます。

「そこそこ起業」が認められる社会のためには、「どうやっても生きていける」という人が持つ野生の感覚を取り戻す必要とともに、そういう野生の感覚を基盤にした制度設計が求められると思います。とりあえずは、簡便な手続きで屋台やキッチンカーを出せる場所を用意するだけで、人々の生き方も地域のあり方も大きく変わると思うのですが、いかがでしょうか?

 連載第4回は6/20(月)公開予定です。

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高橋勅徳

たかはし・みさのり
東京都立大学大学院経営学研究科准教授。
神戸大学大学院経営学研究科博士課程前期課程修了。2002年神戸大学大学院経営学研究科博士課程後期課程修了。博士(経営学)。
専攻は企業家研究、ソーシャル・イノベーション論。
2009年、第4回日本ベンチャー学会清成忠男賞本賞受賞。2019年、日本NPO学会 第17回日本NPO学会賞 優秀賞受賞。
自身の婚活体験を基にした著書『婚活戦略 商品化する男女と市場の力学』がSNSを中心に大きな話題となった。

Twitter @misanori0818

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