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【加藤直人×榛見あきる 創作会議】起業家と小説家が本気でメタバースSFを考えてみた

4月5日(火)に発売された『メタバース さよならアトムの時代』が発売後即重版。
紀伊国屋書店 新宿本店(4/11~4/17)でランキング1位になるなど大きく盛り上がっています。

即重版を記念して、著者の加藤さんと若手SF作家・榛見あきるさんのお二人が「メタバースの〇〇」をテーマに行った創作会議を掲載します。
ここでの議題は「メタバースの食事」と「メタバースのペット」。
最前線に立つ起業家ならではのアドバイスと、そこからどんな小説の構想が生まれるか、ご注目ください。

構成/榛見あきる

※本記事は、小説すばる2022年4月号から転載したものです。

創作会議Part1〈食事〉

榛見 SFが抱える宿命の一つに、現実に追いつかれるということがあります。今ウェアラブル・デバイスと呼ばれる腕時計型などの携帯通信機・コンピュータもかつてはSFと呼ばれていて、「メタバース」もそういったモノの最新の一つになりつつある。もうVRゴーグルも珍しいものではなくなりましたしね。そんな、いわゆる“仮想空間”の中で個人が身体性を獲得する技術の発展がめざましい今日このごろ、あらためて“未来”としてSFに描けるものは何か。
 まずは「食事」という、身近でありながらも技術的には未達の分野について、お話をお伺いできればと思います。

加藤 なるほど、いいですね。メタバースという営みが完成するのは食事や料理というカルチャーを持ち込んだときだと前から考えていました。今のバーチャルリアリティやメタバースと呼ばれるものって基本的には視覚と聴覚がハックされているもので、味覚や嗅覚に関してはまだ研究中なんです。味覚は舌に金属みたいなものを貼ったり、ジェル状のものを口に含んだりして味覚を生み出すような研究がされている状態。嗅覚に関しては鼻に向けてミストが吹きかけられるみたいなのがあるんですが、匂いの上書きが難しい。VR上でお花畑のワールドに行ってそこの匂いを出したとしましょう。ここまではいいんです。その次に別のワールドにジャンプして、すぐにステーキが出てくると、二つの匂いが混ざってしまう。

榛見 あー、それは確かにキビしいですね。

加藤 ということで味覚、嗅覚をハックするコンシューマーデバイスはまだ出てきてない。どういう形になるかも現時点ではわからないですね。でもそれがいつか実現される可能性はある。そうしたら、次はどうやって食物をエネルギーに変換するかというのが焦点になるかもしれない。

榛見 たしかに。仮にメタバース上で味覚のハックが可能になった場合、そこに“料理”という加工の過程は必要か、という問いもあると思うんですよ。いわゆる料理人・シェフという概念がどうなるか、料理という行為の文化的な価値はどうなるんだろう、とは考えました。

加藤 メタバースでも独自に規定されたカルチャーが生まれるかもしれませんね。今の文化だとcluster(クラスター社の運営するメタバースプラットフォーム)上でお酒を飲むのは結構流行ってます。すでにバーチャル上で飲むためのお酒を販売している人たちも出始めていて、飲み会前にみんなで同じお酒をECサイトとかで買う、ないしはプレゼントする。そして参加者は届いたそれを片手に、バーチャル上でも同じお酒のパッケージを置いてみんなでカンパーイと。
 一歩先の未来には、メタバースの料理も今の料理と近いものになっていると思うんですよね。最近聞くようになったのが「デリバリーもしくは冷凍食品を買って、オンラインで同時にみんなで食べる」って話があって。そのうち、メタバース用にコース料理をセットにした冷凍食品やデリバリーは普通に出てきそう。
 例えば、いちブランドとしての料理人なんかがあり得る。D2C(Direct to Consumer)って形態がスタートアップビジネスで流行ったときがあったんですが、それに近いもの。 5人から10人ぐらいの少人数の会社を作っちゃって、 ECサイトで料理を売るんです。

榛見 おしゃれなフレンチのコースとかが思い浮かびますね。特別感のある食事というか。

加藤 もっとアットホームに、メタバース上でやってる居酒屋さんで、宴会セットをまとめてD2Cでプロデュースするとか。メタバース上でご飯食べる、お酒飲む、宴会するみたいなD2Cビジネスはこれから1年とか2年とかのスパンで来るんだろうなとは思います。
 または、現実世界で居酒屋をやっている人たちが、バーチャル上にも店舗を作る。そして現実の方にも来てねというようにオフ会をやる。これも流行ると思うんですよね。
 そこから一歩先を考えるとしたら3Dプリントですかね。

榛見 それは食品のプリンターってことですね。

加藤 ええ。メタバース上で料理を確認してデータを購入したら、実物が電子レンジみたいなところからぱかっと出てきたりする。3Dプリンティング的なことをやるんだとしたら完全に料理っていうのは設計になっちゃいますね。設計図を描いてサーブする。
 物語にするなら、昔食べた家庭の味をどうやったら食べられるか探すみたいな話とか。意外性ありますよね。
 亡くなったおばあちゃんの味を食べられるメタバース上のお店を発見するけれど、1ヶ月に1回ぐらいしか来てくれない。他の日も食べたいんだけど……。

榛見 近未来の世界観でおばあちゃんの味っていうのはギャップがあっていいですね(笑)。

加藤 3Dプリンティングでできているはずだから何か設計図としてそれが存在しないといけないっていう。でもおばあちゃんは亡くなっているから設計図がどこからきたのか。

榛見 過去の何かしらの繫がりが出てくるわけですね。

加藤 そういうのはエモい話かもですね。ただ、料理してる感みたいなのはなくなっちゃうかもしれません。

榛見 料理という工程を見せることが難しくなる。包丁で切ったり、鍋を振ったりみたいな動作ですかね。

加藤 難しいんですよねー。相手に見せる必要があるのかという議論になってしまうので。なので、アーティストとして料理してる雰囲気を見せるみたいなものはあるかもしれません。知り合いのVRのアーティストは、VR上のアートを描くところそのものをダンスとして披露するみたいな感じになっていて、アートを描く瞬間自体をエンターテインメントにしている。料理もエンターテインメントとしてであればいろいろやりようはあるかもですね。

榛見 今で言うとガラス張りの店先で、蕎麦打ってる蕎麦屋とか揚げ物してる天ぷら屋みたいな。飲み会での“カンパーイ”も酒そのものというよりは、杯を合わせる行為に重点を置く儀礼的エンタメ的な側面がありますしね。

加藤 ちなみに、VRゴーグルをして飲み会をやってると酔っ払ってお酒をこぼしちゃうので、対策としてペットボトルに入れて飲んだり、缶にストロー挿して飲んだりしているみたいですね。

榛見 それすごく面白いですね。VR上の動きと現実の動きが必ずしもリンクしなくてもいいって感覚ですよね。

加藤 そうですね、リンクしてない人も結構います。
 そこが問題で、肉体とリンクしているのが果たしていいことなのかと。今のメタバースと呼ばれているものでは、手を振るためにはハンドコントローラーを持って腕を振らないといけないわけですよ。SAO(ソードアート・オンライン/Sword Art Online)の世界みたいに脳に直接繫いで情報をバイパスして考えただけで手を振っているっていうのが理想のはずなんですけれど。
 現存する最も高性能なBMI(Brain-machine Interface)は肉体だっていう話も大学の先生としたことがあります。物理法則という制約はありつつも、脳で考えたことを世界に反映させる肉体という高性能なBMIが、もうすでにある。その肉体を超えない限りはメタバースに人は流れない、みたいな話なんですけど。

榛見 食事にせよ肉体にせよ、現実よりも便利であることが先に立たないとですね。

〈メタバースの食事①〉
・メタバースでの食事にフォーカスしたD2C形態のサービスが展開される
・料理人は3Dプリンターで出力される料理のレシピを設計する →シェフ=デザイナー
・エンターテインメントとしての料理はありえる?

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新刊紹介

榛見あきる

はるみ・あきる
1992年生まれ。ゲンロンS F講座第四期受講生、第五期聴講生。第四回「ゲンロンS F新人賞」受賞。著作に『虹霓のかたがわ』がある。

Twitter@akiru_harumi

加藤直人

かとう・なおと
1988年大阪府生まれ。京都大学理学部にて宇宙論と量子物性論を研究。京都大学大学院理学研究科修士課程中退後、スマホゲームを開発しながら約3年間のひきこもり生活を過ごす。2015年にスタートアップ「クラスター」を起業。2017年、数千人規模のイベントを開催することのできるVRプラットフォーム「cluster」を公開。『ForbesJAPAN』の「世界を変える30歳未満30人の日本人」に選出。

Twitter@c_c_kato

(写真:長谷川健太郎)

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