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BEGIN、HY、MONGOL800……異端の経営学者が読み解く、音楽と共に生きる沖縄ミュージシャンのビジネス構造

そこそこ起業=自分の居場所を大事にすること

 沖縄が、ミュージシャンにとって恵まれた環境にあるのは確かです。

 そんな環境がなぜ成立したのかは、沖縄という地域の持つ文化と歴史を、もっと掘り下げていかなければわからないと思います。ただ、自分にとって大事なことを中心に、楽しく生きていくという本連載のテーマから沖縄のミュージックシーンの持つ意味を探っていくと、一つの論文がヒントを与えてくれました。

Ateljevic, I., & Doorne, S. (2000). ‘Staying within the fence’: Lifestyle entrepreneurship in tourism. Journal of sustainable tourism, 8(5), 378-392.

 ニュージーランドで独自のサービスを提供するライフスタイル観光企業家(lifestyle tourism entrepreneur)を調査した論文なのですが、この論文が見出したのが’Staying within the fence’=「柵の内側にとどまる」という特異な行動でした。彼らは、会社として売上を上げるとか、市場シェアを拡大していくということには、明確に拒否の姿勢を見せます。彼らは、自分たちの趣味や生き方に共感してくれて、一緒に楽しんでくれる人たちを「お客さま」として受け入れ、大事にもてなします。何よりも大事なのは、自分たちが「心地よい」と思う今の暮らしを大切にすること。そこに共感して集まる仲間たちと楽しめることをサービスとして提供していくなかで、生活に必要なお金を稼げればいい。そんな経営スタイルで、お客さんが減ったらどうするのか? 彼らは観光で自然や生活が荒らされなくてよかったじゃないか、とまで言い切ります。そしてその姿勢が、ニュージーランドの主力産業の一つである観光業の持つ魅力と競争優位につながっている、とこの論文の著者たちは主張します。

「おもてなし」とかいいつつ、必死にインバウンド収入を上げるために、ホスピタリティをどう上げるかと考え、ガイドラインやマニュアルを連発し、大規模商業施設に過剰投資しているどこかの国とは真逆の考え方です。しかし、全世界がコロナ禍に見舞われる中、大企業が中心のマス・ツーリズム、行政の支援のもとで成立しているエコツーリズムが破綻していく中で、次世代の観光業が目指すべき持続可能な経営スタイルとして、ライフスタイル観光企業家は期待を集めつつあります。

 この論文を踏まえると、沖縄のミュージシャンが地元を大事にする理由も理解できます。

 なぜ彼らは自前のライブハウスを経営し、メジャーデビュー後も小さなライブハウスを拠点とし、地元のフェスや大学祭のステージに上り続けるのか。それはもちろん、沖縄を拠点にして、出稼ぎ感覚で本土の音楽シーンと付き合っていくことで、メジャーの音楽ビジネスの論理に振り回されることなく、息の長いマイペースな音楽活動が可能になるからです。

 同時に、自分たちの原点である沖縄のライブハウスに戻るからこそ、県内で500を超える沖縄のライブシーンが維持され、次世代のミュージシャンとライブ客が生まれるのです。それを本能的に理解しているからこそ、沖縄のミュージシャンは沖縄に帰るのです。自分の居場所だから、そこに集まる人達を大事に守ることを起点に、自分と仲間たちが生きていくに十分な稼ぎを得られるビジネスを組み立てていく。そこそこ起業のヒントは、そういう野生の感覚に根ざしているのかもしれません。

 さて、自分が好きなこと、楽しめることを共有できる仲間を集め、守っていくという野生の感覚は、沖縄の音楽シーンに限った話ではありません。私達が日常的に感じるこの感覚の先、あらゆる場所で「そこそこ起業」するチャンスが転がっていると考えられます。そこで、次は日本国内でどんな「そこそこ起業」が可能なのか、一緒に考えていければと思います。

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高橋勅徳

たかはし・みさのり
東京都立大学大学院経営学研究科准教授。
神戸大学大学院経営学研究科博士課程前期課程修了。2002年神戸大学大学院経営学研究科博士課程後期課程修了。博士(経営学)。
専攻は企業家研究、ソーシャル・イノベーション論。
2009年、第4回日本ベンチャー学会清成忠男賞本賞受賞。2019年、日本NPO学会 第17回日本NPO学会賞 優秀賞受賞。
自身の婚活体験を基にした著書『婚活戦略 商品化する男女と市場の力学』がSNSを中心に大きな話題となった。

Twitter @misanori0818

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