よみタイ

『成瀬は天下を取りにいく』が背中を押した! 滋賀が気になりすぎて【第5回 琵琶湖25時間の旅<前編>】

旅エッセイ『50歳からのごきげんひとり旅』の勢いが止まりません。
具体的で有益な情報と旅心を刺激するエッセイが旅渇望者の心を摑み、発売から1年以上を経て版を重ね続け12万部に。
国内外の食へのあくなき探求心はもちろん、好奇心にあふれる料理研究家の山脇りこさんが、
訪れるほどに深みにはまるという関西エリアを案内します。
今回は、第4回で紹介した京都のすぐそば、昨今何かと話題の滋賀の旅です。

イラスト/丹下京子 写真/山脇りこ

第5回 琵琶湖25時間の旅<前編>

琵琶湖遊覧船ミシガン
琵琶湖遊覧船ミシガン

 グッドモーニングな朝、8時半、JR大津駅に到着した。京都駅からなんと10分! Googleマップの行き方案内の回答に、思わず、え、そんなに近いの?とツッコんでしまった。京都の通勤圏内ではないか? 渋谷から自由が丘? 恵比寿から品川?
「そうですよー、大津は琵琶湖沿いもええかんじやし、家賃も京都より安いし、住んではる方、増えてますよ~ヘタしたら京都に住むより新幹線が近いしなあ」と京都のタクシー運転手さん。
 京都旅をともにした友と分かれて、私はひとり、はじめての滋賀県の大津にやってきたのだ。去年から滋賀が気になりすぎて、そろそろ行ってみよう、と。
 まず、かの西行が最後に詠んだとされるこの和歌だ。
「にほ照るや 凪ぎたる朝に 見わたせば 漕ぎゆく跡の なみだにもなし」 
 にほとは、にお=鳰の湖、琵琶湖のことだそうで、凪いだ湖面は船のあとさえない静けさだと詠んでいるのだ。煩悩を乗り越えた自らの無の境地を凪いだ湖面と重ねたのか? この歌を詠んだ場所が、大津市にある比叡山の無動寺で、865年創建の延暦寺の脇寺。琵琶湖を見渡せると聞いた。琵琶湖ってそういえばちらっとしか見たことがないかも……。
 こののち、西行は大阪の寺で、あの有名な歌「願はくは 花の下にて 春死なむ そのきさらぎの 望月の頃」の通りに亡くなったという(こちらが辞世の歌という説も散見されますが)。

 そして『翔んで埼玉 〜琵琶湖より愛をこめて〜』である。2023年11月に公開されたこの映画は、滋賀人、和歌山人、奈良人が(前作の埼玉人のように)京阪神(京都・大阪・神戸)に行くのに通行手形を要求されていたという設定。世界を大阪化しようとする大阪の謀略に、なぜか埼玉の助けを借りて滋賀が抗うストリー展開なのだけど、滋賀の描かれ方が、ほんとうにひどい(私はディスってません)。最後に勝利するとはいえ、やられ放題、言われ放題なのだ(とくにエンドロールの滋賀ネタの漫才必見)。ここまでくると、行ってみたくなる。
 さらに、友人が近江八幡土産にくれた鮒ずし。なにこれー、おいしー! 酸味が効いていて、お店で食べる高級珍味の鮒ずしとはまた違う直球保存食的なおいしさ。横に添えてある発酵飯(鮒ずしと仕込んだごはん)みたいなのもいいわ。
「えー、祖母の家の近所にある道の駅で買った農家のおばさんが作った鮒ずしだよ。地元ではさ、みんな自分の好きなタイプの鮒ずしがあって、私はあの店とか、私はおばあちゃんのとか、好みが分かれるんよ」と言われた。なるほど、琵琶湖の周りでは、全国から人が集まる超有名店だけではなく、普通に作られていて、いろんな店で売っているのか。
 そして、極めつけが、あれ! だ。成瀬である。2023年の春、書店で拙著の横に並んでいて、手にとりました『成瀬は天下を取りにいく』(宮島未奈/著)。こちらはいまや国民的大ベストセラーとなり、本屋大賞も受賞して、続編も合わせると50万部を超えたそう。ご存じない方のために説明すると、成瀬あかりという滋賀県大津市生まれ&在住の高校生が主人公の小説で、舞台は大津や膳所(ぜぜ、と読む)。物語は大津市民に惜しまれながら西武大津店(みんなに愛されていたデパート)が閉店になるところから始まる。めちゃくちゃ滋賀な、大津愛がじわじわ来る、ローカルですけど何か? な小説なのだ。
 この本を読んで、私がなんとしても乗ってみたいと思ったのが、琵琶湖遊覧の蒸気船「ミシガン」。なんでここに蒸気船? ミシガンはミシガン湖のミシガンなのか? 謎だらけのこの遊覧船を成瀬さんは「何度乗ってもあきない」と言うのだ。
 この数年、美味しい店や素敵な宿の特集は女性誌で見るようになっていたけど、もっとなんか市井の滋賀、普段着の滋賀がきてる?

膳所駅の看板
膳所駅の看板

滋賀旅は琵琶湖周遊クルーズから

 西行が見た琵琶湖も見られるし、というわけで、朝いちばん、9時40分出航のミシガンクルーズを目指して、大津駅に8時半に到着した、そして……走った。ミシガンが出航する大津港が大津駅から思いのほか遠くて、間に合うのか?と思いながら。こんなときへっぽこでもランニングしていてよかったと思う。遅いけど走れる。
 大津駅から琵琶湖が見えなかったので不安になったのだが、とにかく坂を下った先が琵琶湖なのは察しがついた。ゆるやかな下りを走る。
 途中に京阪電車の琵琶湖浜大津駅があった。ショートカットかな? とエスカレーターをのぼり、改札の前を抜けると、おおお! 琵琶湖じゃないか。
 ここからはミシガンが出航する港まですぐだった。なんだ、京都から京阪電車で来ればよかったのか。(ええそうです、そうすればよかったんです、これについては、また別途)
 おお、停泊しているあの船がミシガンかー。昔々、20代前半にニューオリンズで乗ったミシシッピー川クルーズの蒸気船みたい。はて?なぜここでそれ?
 9時10分の段階で私ともうひとり女の子がいるだけみたいだけど、まずはチケットを買おう。実は、ネット予約もできるのだが、ちゃんと早起きして、友と分かれて大津に行けるか不安だったので、前日まで予約しなかった。当日の朝、電話してみると「今日は予約がなくても乗れますよ、乗船の10分前には来てください」と言われたのだ。
 ミシガンによる琵琶湖周遊には、60分コースと90分コースがあり、ランチ付きとか、特別室とか、いくつかのバリエーションがある。ひとまず、初めてだし、自由席2400円にしてみた。
 出航を待っている間に、なぜミシガンなのか?運営する琵琶湖汽船のHPによれば「ミシガンは、1982年(昭和57年)4月29日に就航した、びわ湖を代表する遊覧船です。滋賀県と友好姉妹都市である、アメリカ・ミシガン州との国際親善を祈念して、ミシガンと命名されました。」なるほど。
 そして非日常感を出したいと考え、世界を見て回った結果、ミシシッピーの蒸気船を採用したのだそうだ。日本のレストランシップの先駆けだったらしい。

 乗船前に港を歩いてみる。港と言っても、湖だよ、琵琶湖だよ。しかも凪いでない。波が高く、遠くには白波が立っている。港育ちだったので、子供のころは「白波が立つ日は海は時化(しけ)」と聞かされてきた。しかも岸にざっぱーんと湖水が。西行さま、やはり私の煩悩がイケないのでしょうか。
 いやいや、そんな脳内の言葉を二重線で取り消した。海じゃないんだから波はないはず、と。そこで「飛んで埼玉~」の映画の中で知った滋賀県人なら子供のころから愛唱しているという「琵琶湖周航歌」が口をついてでた。われはうみの子……昨日からの黄砂で遠くまで見渡せないせいもあってか?果てがない海感。もしかしたら海なのかもしれない。

琵琶湖遊覧の蒸気船ミシガン
琵琶湖遊覧の蒸気船ミシガン

いざ、ミシガン乗船!

 ミシガンには、歌って踊れるクルーさんが乗っている。ディズニーランドのジャングルクルーズをちょっとだけ思い出した。のっけからテンション高めに迎えてくれて、私たち乗客は3階のデッキにいざなわれる。70代かな? と思しき団体さん、浜松からの修学旅行の皆様、オーストラリアからのツアー、あとは私のような個人客。クルーさんによれば「今日は、朝いちばんのクルーズに100人近いお客様がいます!(喜!)」とのことだった。
 クルーさんに「どこから来ましたかー?」なんて呼びかけられながら、船は進む。見えるはずの(この日は黄砂であまりよく見えなかった)琵琶湖周辺の名所について、立て板に水の生ガイドが船内全体に流れる。
 右手前方に、白亜の塔のようなものが見えてきた。思わず、白い巨塔? とつぶやいてしまった。世界的な建築家、丹下健三設計のびわ湖大津プリンスホテルだった。38階の高層ホテルで滋賀県で一番高いビルなのだそう。 平成元年(1989年)開業、ということはバブル真っ只中の35年前。
 このあたり、におの浜は埋立地らしい。1968年にここで、琵琶湖大博覧会が開催された。2年後、1970年に大阪で開催されたあの日本万国博覧会への序曲、との位置づけでもあったらしい。 余談ですが、8ミリフィルムとか写真とか、万博グッズとか、大阪から遠く離れた長崎のうちにも思い出がいっぱいでした、ああ万博。「大阪の万博の予行練習だったなんて言う人もいますよ」とは後で乗ったタクシーの運転手さんの弁。
 大阪万博はアジア初かつ日本初の国際博覧会だし、当時史上最大規模だったらしいから、たしかに練習しておきたかったのかもしれない(ディスってません)。

 びわ湖プリンスでもさらに乗客を乗せて、船ではいよいよショーが始まった。歌とダンスを担うクルーさんの男女ペアが会場も巻き込んで歌う。曲は、「カントリーロード」「ユーアーマイサンシャイン」と誰もが知る世界の懐メロ。「聖者の行進」では、私たちにも楽器が配られ、さっきまでカフェのカウンターで笑顔で立ち働いていた方までがタンバリンをもってステージでダンスを始めた。まさか歌って踊れたの? と驚いていたら、最後にちゃんと紹介があって、入社2年目と、転職してきたばかりの、琵琶湖汽船の社員だという。
 遊覧船ミシガンは、琵琶湖汽船のみなさんの全員野球なのだ。それが温かい。
 船に乗りながら、クルーさん、乗客、みんなにそれぞれの人生があるな、と当たり前のことを思った。いつものように、ここで生まれていたらどうしていたかな、と妄想もしてみた。
 成瀬のように何度乗ってもあきないのかどうか? この時は保留にしておこうと思ったけれど、今振り返ると、明日にでも乗りたい。

1 2

[1日5分で、明日は変わる]よみタイ公式アカウント

  • よみタイ公式Facebookアカウント
  • よみタイX公式アカウント

関連記事

山脇りこ

料理研究家。東京都内で料理教室を主宰。長崎県の日本旅館に生まれ、四季折々の料理に触れながら育つ。旬の素材を生かした野菜料理や保存食が特に得意。食いしん坊の旅好きで、国内外の市場や生産者めぐりがライフワーク。特に台湾はガイドブックを刊行するほどのリピートぶり。著書に『50歳からのごきげんひとり旅』(大和書房)『50歳からはじめる、大人のレンジ料理』(NHK出版)『食べて笑って歩いて好きになる 大人のごほうび台湾』『いとしの自家製 手がおいしくするもの。』『一週間のつくりおき』(ぴあ)『台湾オニギリ』(主婦の友社)など多数。

http://www.instagram.com/yamawakiriko/

週間ランキング 今読まれているホットな記事