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ひとり鮨をキメる、そして明石の君を思う 第2回 明石

 須磨駅。それは明石駅からJRで三ノ宮駅方面へ戻ること13分ほどの海沿いの駅。しかもその海との沿いっぷりがなかなかすごい。
 数年前の夏、神戸から乗ったJRで車窓を眺めていて、砂浜が、近い……とうろたえた私。しかも海水浴場? 遠浅? ここまで駅から近い砂浜があるのか、そして都会(神戸)からすぐじゃないかと、車窓にかぶりついてしまった、砂かぶり席か、砂浜だけに?
 えっとここはどこ? え、須磨。すぐにメモって、いつかきっと降りてみる! と誓った。
 そしてついに、次の予定まで2時間ほどあるから、須磨海岸を散歩しよう、とやってきたのだ。
 実際に駅に降り立って海側への階段を下りたら、最後の段はもう砂に埋もれている。ここからもう砂浜? 手すりも錆×サビで、なるほど海の近さよのう。

 ところで須磨と言えば、源氏物語だ。1月からNHKの大河ドラマ「光る君へ」もはじまりましたね。光る君、つまり光源氏(以下、源氏とします)が朝廷への不義の疑いをかけられ追い込まれ、朝廷からの勅勘で流罪になると、天下の罪人になってしまうので、その前に自ら謹慎しようと決め、流れていくのが須磨。
 そして、自分で決めておきながら、“都からそんなに離れていないのに、なんとうらぶれた寂しいところか”と嘆く。さらに須磨で源氏は、激しい嵐に悩まされる。
 そんな中、亡き父が夢に出てきて、こんなところにいないで住吉の神の導きにより安全なところへ行けと言う。そのタイミングで、おとなりの浜、明石の有力者、明石の入道が「夢でお迎えに行けと言われた」とやってくる。源氏は導かれ、穏やかな明石の浜に移り、そこで出会うのが、入道の愛娘「明石の君」。
 私は源氏物語の中でこの明石の君が好き。推しなのだ。なぜか?

明石の君はなぜ特別な恋人になれたのか?

 私がはじめて源氏物語にふれたのはもちろん?『あさきゆめみし』。同世代なら必読だったはずの大和和紀先生の永久不滅漫画だ。全巻電子版で大人買いして、今も時々読んでいる。そして円地文子の『源氏物語』→田辺聖子の『新源氏物語』、与謝野晶子版、角田光代版、江川達也版(漫画です)などなど読んできた。
 これらいくつかの現代版、特に女性作家が描く源氏物語では、いずれも、明石の君の描かれ方が好ましい。
 田辺聖子版には「この娘は、とびぬけた美人というのでもないが、物やさしく上品で、そしてたしなみふかいこと、教養のあることなど、まことに都の高貴な身分の姫たちにも劣らない」とある。
 そして、都の女性たちと比べ身分が低い“いなかの子”なのだが、芯のある女性として描かれているように思う。
 例えば彼女は「女の人生は嫁ぎ先で決まる」と躍起になる父親を嘆く。自らの今の身分をよくわかった上で、なお思う。源氏がどんなに高貴な人でも、すれ違いざまに関係を結ぶような女や、彼をとり巻く数多い女たちの中のひとりになるなんていやだ、待つばかりの悩み多き愛人などかえってつらい、だったら死んだほうがまし、と考える。源氏が、姿かたちを賞でるのではなく、自分をひとりの人間として認め、心や魂を愛してくれるのならば、と願う。
 与謝野晶子版では「田舎の並み並みの家の娘は、仮に来て住んでいる京の人が誘惑すれば、そのまま軽率に情人にもなってしまうのであるが、自身の人格が尊重されてかかったことではないのであるから、そのあとで一生物思いをする女になるようなことはいやである」と。
 イケメンのモテモテが都会からきたからって、すぐに付き合うわけにはいかないんです、ええそうです、ここには矜持がある。
 そしてそんな思いを持つ女性だからこそ、源氏は惹かれる、とやはり多くの女性現代語版著者は描く。例えば先の田辺聖子版は「源氏は久しぶりに、ほんとうの女にめぐりあった気がしていた。精神の所在を感じさせる女、女の魂の光りかがやく女。こんな女人を求めていたのだ」と。このあたり、現代の女も望むところではないか。
 二人は結ばれ、この二人の間に生まれた娘は、のちに天皇の后になる。つまり明石の君は希望通り、特別な存在、国母になるわけです(しかし、この娘を育てたのは、源氏の最愛の側室・紫の上なので、そこはちょっと哀しい)。そして紫の上たちと春・夏・秋・冬の館にそれぞれ暮らす源氏の恋人ベスト4になる、おお。

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母に似ている女が好き?

 それにしても、どんな出会いをも運命の恋に結びつける男、光源氏よ。しかも恋人たちはみんな似ている。彼の母である桐壺にそっくりの父の後妻・藤壺にはじまり、その後は藤壺似の女性や、藤壺の縁者なわけだから。紫の上のように、そっくりに育て上げてまで好みのタイプを追求するし。そもそも父親と好みが同じなの? とつっこみたい。
 つきつめれば、母に似た容姿とは、自分自身の容姿にも通じるわけで、すなわち最も見慣れた容姿。自分や母の面影がある女子に惹かれるのは、現代もあるあるではないか。容姿が似た夫婦が多い理由もその辺りにあると思う。
 そのそっくりさん祭りの中に数人、個性際立つ姫、プロポーズ大作戦(昭和のテレビ番組、わからない人はググって!)の5番的な姫が出てくるのがまた面白いところ。
 果たして紫式部はそこまで描ききったのだろうか?
 源氏物語は写本につぐ写本、書き写し継がれたもの。忠実に写した者もいれば、面白おかしく盛った者もいるだろうな、と想像する。
 かなうことなら、源氏物語をさかのぼるタイムトリップをやって順次読んでみたい。かくして、紫式部が書いた原書がいちばんつまらない? いや逆に、いちばんおもしろかったら愉快だ。

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山脇りこ

料理研究家。東京都内で料理教室を主宰。長崎県の日本旅館に生まれ、四季折々の料理に触れながら育つ。旬の素材を生かした野菜料理や保存食が特に得意。食いしん坊の旅好きで、国内外の市場や生産者めぐりがライフワーク。特に台湾はガイドブックを刊行するほどのリピートぶり。著書に『50歳からのごきげんひとり旅』(大和書房)『50歳からはじめる、大人のレンジ料理』(NHK出版)『食べて笑って歩いて好きになる 大人のごほうび台湾』『いとしの自家製 手がおいしくするもの。』『一週間のつくりおき』(ぴあ)『台湾オニギリ』(主婦の友社)など多数。

http://www.instagram.com/yamawakiriko/

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