よみタイ

第4回 相手の「地雷」を踏んでしまったとき、どうリカバーする?

記事が続きます

攻撃的なことばでも「冗談」になる場合

このすれ違いの発端は、結衣が菜々子の「地雷」を踏んでしまったことだ。しかしそれが気まずさに発展してしまったのは、「紅白を見ていない」という結衣の発言に対して強い口調で発せられた(菜々子7)「見ーてーー」を、結衣が誤って「冗談」だと解釈し、「なんでそんなもん見てんのん」(結衣8)とさらに菜々子の傷をえぐる発言をしてしまったからだろう。

仲の良い関係では時に、相手を貶めるようなことを「冗談」でいうことがある。例えば、以下は小学生の時から付き合いのある女子高校生の親友たち(綾乃・奈々/いずれも仮名)の会話である。

※以下の会話は、当事者の了解を得て掲載しています。

.(綾乃1)はさみ持ってない? (奈々を見る).

.(奈々2)はさみ? (綾乃を見る).

――0.8秒の間―― 奈々が自分のカバンを見る

.(奈々3)持ってないわ.

.(綾乃4)役立たず(奈々を横目で睨む/吐き捨てるような口調).

.(奈々5)きーーっしょ(のけぞったように上を向く/大声、音に顕著な高低差).

.(綾乃6)ハハハハ.

.(奈々7)噛みちぎりや(笑顔・綾乃を見る).

はさみを持っていないという奈々に対し、綾乃は横目で睨みながら吐き捨てるような口調で「役立たず」(綾乃4)と侮辱的な発話を行う。奈々もそれに「きーーっしょ」(気持ち悪い)(奈々5)と大袈裟な振る舞いと音律を用いて報復する。しかし両者はこの表現的には攻撃的やりとりが「冗談」であると了解しあっている。続く(綾乃6)、(奈々7)では笑いが起こり、両者とも笑顔で元の話題へと戻っている。菜々子と結衣の場合のような気まずさはない。

このような攻撃的なやりとりが、実際の攻撃ではなく「冗談」として解釈されるためには、それを示す何らかの手がかりが必要である。一般的には、「同じ発話を繰り返す」「音律を大袈裟なものにする」「感動詞を使用する」などがその手がかりになるとされている。しかしより相互行為的・文脈的な視点で考えるならば、「この場で相手が本気でこのような失礼な振る舞いをするはずがない(もし本気ならば、もっとオブラートに包んだ方法で行われるはずだ)」という、ふつうに予想される言い方とのズレそのものが、冗談であることを示すサインになっているといえる。

つまり、奈々がはさみを持っていないだけで綾乃が彼女を「役立たず」(綾乃4)呼ばわりするのは状況的にあまりに度が過ぎており、また奈々が「役立たず」をことば通り突然の攻撃と受け取ったのであれば、大声で「きーーっしょ」(奈々5)と罵らずにもっと間接的な方法で対処するだろう、という期待があるのだ。それを互いに破ることで、「本気ではない」ことを伝える手がかりを送り合っている。

翻って菜々子と結衣の場合、紅白を見ていないという結衣に対して菜々子が強い口調で発した「見ーてーー」(菜々子7)が、このコミュニケーション上の期待に反している。実際にはこれは菜々子のコンプレックスから生じた恥ずかしさに起因しているのだが、結衣には紅白を見るよう菜々子から強く命令される筋合いはないからだ。このような違反を手がかりとして結衣はこれを「冗談」だと捉え、「なーんでそんなもん見てんのん」(結衣8)ときつい表現で「冗談返し」をしてしまったのだろう。

気まずさを修復するのは難しい

一旦悪くなってしまった雰囲気を元に戻すのは難しい。菜々子にも、もちろん結衣にも、ここで「喧嘩」をするつもりはなく、両者は雰囲気を回復すべく様々な方略を試みる。しかしこの後は多くの沈黙や間が生じ、会話は円滑に進んでいないようだ。

菜々子が「(紅白は)まああんまりいらんなー、確かに」(菜々子12)と紅白への執着を捨てて見せ、問題が大きくないことを示そうとする。他方結衣は、逆に紅白を話題に出して、菜々子に語らせようとする(結衣15)。しかしこれは結衣が紅白が大晦日に放送されることすら知らなかったことで(「何月?1月?」(結衣15))、事態を好転させるには至らない。
菜々子は次に、「まだ6月やし、でもー」「半年終わったよー1年の」(菜々子23、24)紅白の日付から話題を派生させる。「でもー」の部分で音律を強めることにより、その後に続く「今年ももう半年過ぎた」という話題への強い関心を自分で示して見せている。しかし、これも長くは続かず、2回のやりとりで終わってしまう。この後大学や一人暮らしの話題が登場するが、それらもさして盛り上がらず、抜粋後も同じような「盛り上がらない」話題が続く。

誰しもこのような会話における「気まずい雰囲気」を経験したことがあるだろう。そして、彼女らの採った方略はとても一般的なものだ。おそらく多くの人がこういう場合無意識に採るものだといえるだろう。「相手に語らせよう」とする方略である。

まずしっかりした人間関係を築くところから

多くのコミュニケーションの指南書で「傾聴」が奨励されているように、「相手の話を聴く」というのは相手に対する一種の「プレゼント」である。しかし、互いに気まずい雰囲気のとき、単発的な質問を繰り返して相手に語らせようとするのはむしろ「拷問」であるといえるだろう。

このような状況に陥った時、我々は「相手に語らせる作戦」が有効ではないと悟る必要がある。ある程度のところでそれを切り上げ、逆に自分が語れる話題を振って「気まずさ」などなかったように積極的に語るのが良いかもしれない。そして相手が乗ってきたタイミングで「プレゼント」(傾聴)に切り替え、しっかりと相手の話を聴いてやる姿勢をとるのが良いだろう。

菜々子と結衣は自称「親友」だが、実際の付き合いは3ヶ月程度である。付き合いの長さが必ずしも相互理解の要件であるわけではないが、互いに「地雷」がどこに潜んでいるかわからない限り、相手のことばが冗談か冗談でないかを正確に見極めるのは難しい。さらに恐ろしいことには、相手が菜々子のようにわかりやすい反応で不愉快さを表に出してくれれば良いが、そうではない場合、冗談のつもりが無自覚に相手を傷つけることになっているかもしれない。

冗談で攻撃的なやりとりをすることには、互いの親しさを確認し、仲間意識を高めるという一定の効用がある。しかし、そのような「近道」で一気に仲間意識を高めようとするのではなく、まずは地道に互いのコミュニケーション・スタイルを理解しようとするところから始めるのが良いのではないだろうか。

***

なぜか急に不快になる……(漫画/田房永子)

次回は9月23日(火)公開予定です。

記事が続きます

1 2

[1日5分で、明日は変わる]よみタイ公式アカウント

  • よみタイ公式Facebookアカウント
  • よみタイX公式アカウント

関連記事

新刊紹介

大塚生子

おおつか・せいこ
大阪工業大学工学部准教授。専門は社会言語学、語用論。実際に交わされたコミュニケーションをもとに、ことばがどのように人間関係を築いていくかを分析。主な論文は、「ママ友の対立場面におけるイン/ポライトネス分析―感情と品行のフェイスワーク」。編著に、『イン/ポライトネス研究の新たな地平: 批判的社会言語学の広がり』(三元社)、『イン/ポライトネス―からまる善意と悪意』(ひつじ書房)など。

田房永子

たぶさ・えいこ
漫画家。2000年にデビューし、第3回アックスマンガ新人賞佳作受賞。若い頃から母親の過干渉に悩み、その確執と葛藤を描いたコミックエッセイ『母がしんどい』(KADOKAWA)が反響を呼ぶ。そのほか、『しんどい母から逃げる!!』(小学館)、『大黒柱妻の日常』(MdN)、『人間関係のモヤモヤは3日で片付く』(竹書房)、『女40代はおそろしい』(幻冬舎)など話題作多数。

週間ランキング 今読まれているホットな記事