2025.8.26
第4回 相手の「地雷」を踏んでしまったとき、どうリカバーする?
大塚さんの研究手法は、当事者に実際の会話を録音してもらい、どのような場面で、どんなことばが用いられ、そのことばを通してどのように人間関係がつくられていくかを分析するというもの。リアルな会話を手に入れるのは困難を極めるそうですが、苦労の末に入手しただけあって、その中にはコミュニケーションを円滑にするためのヒントがいっぱい。
今回は、「冗談」で言ったつもりが、相手にとっては「地雷」だったときの対処法を考えます。「冗談」が「冗談」として相手に受け入れられるには何が必要なのでしょうか? 田房永子さんの体験に基づいた漫画とともにお楽しみください。
イラスト・漫画/田房永子
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気まずいすれ違い
友だちと楽しく会話をしていたつもりが、相手から自分のアイデンティティや好きなもの、あるいは当たり前と思っていることを否定するようなことを言われ、ムッとしたことはないだろうか。相手に悪意がなさそうな場合にはそうそう怒るわけにもいかず、しかし不愉快な気持ちは収まらず、かといって相手と気まずくなるのも本意ではなく……と対処に困ることも多いだろう。
一方で、互いに強いことばで罵り合いながらも仲睦まじい様子の若者グループを見かけることも多い。彼らはなぜそれが「冗談」だと互いに了承できているのだろうか。
私たちは誰もが互いに生まれも育ちも経験も異なる別個の人間なのだから、相手の「地雷」のポイントが全て事前に分かっているわけではない。今回は、その「地雷」を踏んでしまったやりとりを手がかりとして、その後の気まずい展開への対処法と、相手への攻撃的な発話が「冗談」として機能するための要件を考えてみたい。
実際の会話を分析
今回分析するのは、京都の大学に入学したばかりの女子大生同士の友人、菜々子と結衣(いずれも仮名)の会話である。菜々子は中国地方出身で、大学入学に際し京都で一人暮らしを始めた。結衣は生まれも育ちも京都である。
談話例は、菜々子の一人暮らしの家で二人がおしゃべりをしている時、ステレオから新たに曲が流れてきた場面からの抜粋である。なお、会話中の表情・動作については、ビデオカメラで記録した映像から顕著と思われるものを恣意的に選択し、記載している。
※以下の会話は、当事者の了解を得て掲載しています。
菜々子…中国地方出身・19歳
結衣…京都出身・19歳
同じ京都の大学に通う女性の友人同士
(いずれも仮名)
(注)
//…次の番号の発話が割り込んだタイミングを表す。
?…疑問符ではなく、音律が高くなったことを表す。
――0.7秒の沈黙――
――0.5秒の間―― 結衣が菜々子を横目で見る
――1.0秒の間――
――3.0秒の間――
――1.5秒の間――
――1.8秒の間――
――1.7秒の間―― 結衣も菜々子を見る
――0.8秒の間――
――0.5秒の間――
――1.0秒の間――
――0.7秒の間――
――1.8秒の間――
菜々子のコンプレックス
ステレオから新たに流れてきた音楽に対し、菜々子が「◯◯(女性歌手名)と△△(ヒップホップグループ名)のやで」と結衣に説明するところから新しい話題が始まる。菜々子は、その曲が毎年大晦日にNHKで放送される紅白歌合戦(以下紅白)で歌われていたものだということを結衣に思い出させようとする(「あの、紅白で歌ったじゃん」(菜々子5))が、結衣は少し言葉に詰まった後、笑いながら「紅白見てない」(結衣6)と答える。
実は、この会話のあと、分析のために二人に対して別々にインタビューを行っている。その中で、結衣は「自分たちの世代は紅白を見ない」と述べていた。彼女が言うには、自分の周りの友人たちは大晦日には家でテレビなど見ず、恋人や友人などと初詣に出かけたり、年越しイベントに参加したりするのだという。
他方、菜々子は自分が(京都と比較して)「田舎」出身であることに劣等感を抱いていることをインタビューで明かしている。そんな彼女が、彼女にとっては「都会」である京都出身の結衣に、流行や「今どきの若者像」という点で引け目を感じていることは想像できるだろう。自分が当たり前だと思ってきた「大晦日には国民的番組である紅白を見る」という伝統的な慣習が、都会の若者にとっては当たり前ではないことを、菜々子はここで悟ったのである。
それに対する恥ずかしさや引け目があったのだろうか、笑いながらなされた「紅白見てない」(結衣6)という結衣の発言に対し、菜々子は冗談めいた口調ではあるが、しかし語気を強めて「見ーてーー」(菜々子7)と責めるような口調で返している。しかし結衣はそのような菜々子の微妙な感情に気づかず、責めるような菜々子の口調も単なる冗談だと捉えたのだろう、意に介さない様子で自分の爪を触りながら「なーんでそんなもん見てんのん」(結衣8)と応える。
この発言で、結衣に菜々子を傷つける意図があるようには思えない。また、「なーんでそんなもん見てんのん」(結衣8)と言いながらも実際に紅白を見ている「理由」を尋ねたわけでもなければ、紅白を見ている菜々子を非難しようという意図もないだろう。菜々子の非難めいた口調に対する単なる軽口だったはずだ。しかし菜々子はここでコンプレックスのためか、間をおかず「出るってゆっとったし」とつぶやくような口調で応えてしまう。結衣もここで菜々子が不機嫌になっていることに気づいたようで、菜々子の様子を横目でチラッと確認している。
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