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第4回 相手の「地雷」を踏んでしまったとき、どうリカバーする?

学校や職場はもちろんプライベートの人間関係でも「コミュニケーション力」なるものが求められる昨今。ありとあらゆる場で起きているコミュニケーションの行き違いを、社会言語学者の大塚生子さんが解きほぐします。

大塚さんの研究手法は、当事者に実際の会話を録音してもらい、どのような場面で、どんなことばが用いられ、そのことばを通してどのように人間関係がつくられていくかを分析するというもの。リアルな会話を手に入れるのは困難を極めるそうですが、苦労の末に入手しただけあって、その中にはコミュニケーションを円滑にするためのヒントがいっぱい。

今回は、「冗談」で言ったつもりが、相手にとっては「地雷」だったときの対処法を考えます。「冗談」が「冗談」として相手に受け入れられるには何が必要なのでしょうか? 田房永子さんの体験に基づいた漫画とともにお楽しみください。

イラスト・漫画/田房永子

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気まずいすれ違い

友だちと楽しく会話をしていたつもりが、相手から自分のアイデンティティや好きなもの、あるいは当たり前と思っていることを否定するようなことを言われ、ムッとしたことはないだろうか。相手に悪意がなさそうな場合にはそうそう怒るわけにもいかず、しかし不愉快な気持ちは収まらず、かといって相手と気まずくなるのも本意ではなく……と対処に困ることも多いだろう。

一方で、互いに強いことばで罵り合いながらも仲睦まじい様子の若者グループを見かけることも多い。彼らはなぜそれが「冗談」だと互いに了承できているのだろうか。

私たちは誰もが互いに生まれも育ちも経験も異なる別個の人間なのだから、相手の「地雷」のポイントが全て事前に分かっているわけではない。今回は、その「地雷」を踏んでしまったやりとりを手がかりとして、その後の気まずい展開への対処法と、相手への攻撃的な発話が「冗談」として機能するための要件を考えてみたい。

実際の会話を分析

今回分析するのは、京都の大学に入学したばかりの女子大生同士の友人、菜々子と結衣(いずれも仮名)の会話である。菜々子は中国地方出身で、大学入学に際し京都で一人暮らしを始めた。結衣は生まれも育ちも京都である。

談話例は、菜々子の一人暮らしの家で二人がおしゃべりをしている時、ステレオから新たに曲が流れてきた場面からの抜粋である。なお、会話中の表情・動作については、ビデオカメラで記録した映像から顕著と思われるものを恣意的に選択し、記載している。

※以下の会話は、当事者の了解を得て掲載しています。

【登場人物】
菜々子…中国地方出身・19歳
結衣…京都出身・19歳
同じ京都の大学に通う女性の友人同士
(いずれも仮名)

(注)
//…次の番号の発話が割り込んだタイミングを表す。
?…疑問符ではなく、音律が高くなったことを表す。

.(菜々子1)◯◯(女性歌手名)と△△(ヒップホップグループ名)のやで(結衣を見る).

.(結衣2)ん? (菜々子を見る).

.(菜々子3)これ、◯◯と△△(結衣を見る).

.(結衣4)え?、これ? (菜々子を見る).

.(菜々子5)あの、紅白で歌ったじゃん(結衣を見る).

――0.7秒の沈黙――

.(結衣6)紅白見てない(目をそらして自分の爪を触る/笑いながら).

.(菜々子7)見ーてーー? (苦笑い・目をそらす/強い調子・高音).

.(結衣8)なーんでそんなもん見てんのん(笑顔・自分の爪を見る).

.(菜々子9)(間をおかず)やー出るってゆっとったし(下を見る/つぶやくような口調).

――0.5秒の間―― 結衣が菜々子を横目で見る

.(結衣10)んー(机の上に置いてあった携帯電話を手に取って触り出す).

.(結衣11)紅白とか(つぶやくような口調).

――1.0秒の間――    

.(菜々子12)まああんまりいらんなー、確かに(顔を上げる).

――3.0秒の間――

.(結衣13)ふーー//ん(携帯電話を触る).

.(菜々子14)紅白(下を見る/つぶやくような口調).

 

――1.5秒の間――

.(結衣15)何月?1月? (菜々子を見る).

.(菜々子16)え? (結衣を見る).

.(結衣17)なんか、//紅白とか.

.(菜々子18)ん? (結衣を見る).

.(菜々子19)え12月31日.

.(結衣20)そやんな(笑顔・下を向く).

.(菜々子21)うん(下を向いて携帯電話を触る).

.(結衣22)まだまだやん(携帯電話を触る).

 

――1.8秒の間――

.(菜々子23)まだ6月やし、でもー(結衣を見る/「でもー」の部分で大声、高音).

   
――1.7秒の間―― 結衣も菜々子を見る  

.(菜々子24)半年終わったよー1年の(笑顔・結衣を見る).

――0.8秒の間――

.(結衣25)ほんまやな、すごいよな.

.(菜々子26)終わったよねか、もう//すぐ終わるんか(笑顔・結衣を見る).

 

.(結衣27)でもー、自分の中でなんかスタートが4月やからー(下を見る).

 

.(菜々子28)あー//ー確かになー.

.(結衣29)だからなんか.

 
――0.5秒の間――

.(結衣30)えーー、大学どうよ(菜々子を見る).

   
――1.0秒の間――

.(菜々子31)大学ー?.

 
――0.7秒の間――

.(結衣32)だいが…一人暮らしはどうですか(爪を触る).

.(菜々子33)一人暮らしはー(髪を触る).

   
――1.8秒の間――

.(菜々子34)んーーー.

菜々子のコンプレックス

ステレオから新たに流れてきた音楽に対し、菜々子が「◯◯(女性歌手名)と△△(ヒップホップグループ名)のやで」と結衣に説明するところから新しい話題が始まる。菜々子は、その曲が毎年大晦日にNHKで放送される紅白歌合戦(以下紅白)で歌われていたものだということを結衣に思い出させようとする(「あの、紅白で歌ったじゃん」(菜々子5))が、結衣は少し言葉に詰まった後、笑いながら「紅白見てない」(結衣6)と答える。

実は、この会話のあと、分析のために二人に対して別々にインタビューを行っている。その中で、結衣は「自分たちの世代は紅白を見ない」と述べていた。彼女が言うには、自分の周りの友人たちは大晦日には家でテレビなど見ず、恋人や友人などと初詣に出かけたり、年越しイベントに参加したりするのだという。

他方、菜々子は自分が(京都と比較して)「田舎」出身であることに劣等感を抱いていることをインタビューで明かしている。そんな彼女が、彼女にとっては「都会」である京都出身の結衣に、流行や「今どきの若者像」という点で引け目を感じていることは想像できるだろう。自分が当たり前だと思ってきた「大晦日には国民的番組である紅白を見る」という伝統的な慣習が、都会の若者にとっては当たり前ではないことを、菜々子はここで悟ったのである。

それに対する恥ずかしさや引け目があったのだろうか、笑いながらなされた「紅白見てない」(結衣6)という結衣の発言に対し、菜々子は冗談めいた口調ではあるが、しかし語気を強めて「見ーてーー」(菜々子7)と責めるような口調で返している。しかし結衣はそのような菜々子の微妙な感情に気づかず、責めるような菜々子の口調も単なる冗談だと捉えたのだろう、意に介さない様子で自分の爪を触りながら「なーんでそんなもん見てんのん」(結衣8)と応える。

この発言で、結衣に菜々子を傷つける意図があるようには思えない。また、「なーんでそんなもん見てんのん」(結衣8)と言いながらも実際に紅白を見ている「理由」を尋ねたわけでもなければ、紅白を見ている菜々子を非難しようという意図もないだろう。菜々子の非難めいた口調に対する単なる軽口だったはずだ。しかし菜々子はここでコンプレックスのためか、間をおかず「出るってゆっとったし」とつぶやくような口調で応えてしまう。結衣もここで菜々子が不機嫌になっていることに気づいたようで、菜々子の様子を横目でチラッと確認している。

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新刊紹介

大塚生子

おおつか・せいこ
大阪工業大学工学部准教授。専門は社会言語学、語用論。実際に交わされたコミュニケーションをもとに、ことばがどのように人間関係を築いていくかを分析。主な論文は、「ママ友の対立場面におけるイン/ポライトネス分析―感情と品行のフェイスワーク」。編著に、『イン/ポライトネス研究の新たな地平: 批判的社会言語学の広がり』(三元社)、『イン/ポライトネス―からまる善意と悪意』(ひつじ書房)など。

田房永子

たぶさ・えいこ
漫画家。2000年にデビューし、第3回アックスマンガ新人賞佳作受賞。若い頃から母親の過干渉に悩み、その確執と葛藤を描いたコミックエッセイ『母がしんどい』(KADOKAWA)が反響を呼ぶ。そのほか、『しんどい母から逃げる!!』(小学館)、『大黒柱妻の日常』(MdN)、『人間関係のモヤモヤは3日で片付く』(竹書房)、『女40代はおそろしい』(幻冬舎)など話題作多数。

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