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オギリマサホ「スポーツ界イケてる顔面図鑑」

マー君の顔を思い出す時、エンジと濃紺、どちらの野球帽を被っているだろうか〜田中将大(プロ野球選手)

先にも書いたように、楽天時代、「エンジ帽の田中」の思い出は多い。

07年、高卒1年目から11勝を挙げて新人王に輝いたこと。途中降板しても打撃陣の援護で逆転勝ちをすることも多く、野村克也監督(当時)から「マー君、神の子、不思議な子」と評されたこと。
中でも一番の衝撃は渡米前年の2013年、開幕から24連勝、勝率10割という驚異的な数字を残し、楽天を球団創立初の日本一に導いたことではなかっただろうか。この年の巨人との日本シリーズ第7戦、前日に160球を投げながら敗戦投手となった田中が9回表のマウンドに上がり、0点に抑えて胴上げ投手となった。
この9回の登板は田中本人の直訴であったと星野仙一監督(当時)は語っており、その田中を信じてマウンドへ送り出した監督に応える投球をしたわけだ。

「エンジ帽の田中」の新しい記録と記憶が更新されるのを期待したい

そんな強烈な印象を残した「エンジ帽の田中」のイメージが薄らいでいるというのは、やはり8年間という月日が長かったからではないだろうか。そのような思いを抱いて、先月30日にエンジの楽天球団ロゴを背景に行われた復帰会見を見た。田中本人は、少しシュッとして大人びてはいたが、人の良さそうな顔立ちは楽天時代そのままだった。

会見の冒頭で田中は、復帰の理由について「震災から10年という年で(中略)この10年という数字はやはり何か自分にとって意味のあるタイミングなんじゃないかという風にも思ったので」と語った。
東日本大震災から10年。仙台に本拠地を置く楽天は、あの時最も厳しい状況におかれた球団だった。選手たちは遠征先から一か月も本拠地に戻れず、被災地に直接入って活動することも叶わなかった。その苦しい時期に、募金活動など自らができることを行い、東北の人たちの支えとなろうとした田中の気持ちは、10年経った今でも変わっていないのだと感じられたのである。

とは言え、やはりあの時から流れた月日は長かった。
田中を育てた野村、星野両監督はもうこの世にいない。日本一の瞬間に田中と抱き合った嶋基宏捕手も、今はヤクルトに移籍している。楽天の現メンバーも、田中とともにプレーしたことのない選手が増えてきた。8年前とは変わったチームで、田中はどのような投球を見せてくれるのだろうか。

記者会見の最後、田中は楽天のユニフォームに袖を通してガッツポーズを見せたが、帽子は被っていなかった。シーズンが始まって田中がエンジの帽子を被った時、懐かしい気分になるのか、あるいは新鮮に映るのか、見極めたいと思う。

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オギリマサホ

1976年東京都出身。イラストレーターとしてシュールな人物画を中心に雑誌や書籍などで活躍。中学1年までは巨人ファンだったのが、中2のときに投手王国・広島カープに魅せられ、広島ファンに転向。そのカープ愛が炸裂するイラストエッセイ『斜め下からカープ論』を刊行。野球のみならず、広くスポーツ界を愛している。
Twitter@ogirim

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