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ある彫師の壮絶な人生──劣悪な家庭環境、親友の自殺、完成直前に死んだ客【育ちの良い人だけが知らないこと 第3回】

マーダーミステリー作家・かとうゆうかさんの、初のノンフィクション連載『育ちの良い人だけが知らないこと』。
前回はタトゥーを入れた女と消した女の双方を取り上げました。
今回は、かとうさんの友人の彫師についてのエピソードです。

※取材した人物の特定を避けるため、人物名や組織名は仮名にしております。
イメージ画像:PIXTA
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客のほとんどは裏社会の人間

前回は自分の身体にタトゥーを入れた女性たちを紹介した。
タトゥーは自分自身で彫らない限りは、誰かに彫ってもらう必要がある。彫られることに「育ち」の影響があるように、彫る人間にも「育ち」の呪縛がかけられているのかもしれない。

法律的に医師免許の取得の是非を問われ、タトゥーが医療行為に該当するのか論じられてきた彫師やタトゥーアーティストという職業だが、2020年9月に最高裁は「美術の知識・技能が必要で、歴史的にも無免許の彫師が行ってきた実情がある」とし「社会通念に照らして医療行為とは認めがたい」という判決を出した。

この判決により、医師免許なしにタトゥーショップなどを日本で開業することのリスクがなくなった。
これまでの「医師免許の取得をしていないのに他人の身体にタトゥーを彫ったら逮捕されるかもしれない」という後ろめたさはなくなったのだ。

それでもまだまだ彫師という仕事につく人間は稀である。

今回はそんな彫師の友人を紹介したい。彼は和彫りを得意とする彫師なので「タトゥー」ではなく「刺青」に呼び方を言い換えることにする。

彫師歴25年目の柏木は、練馬区のマンションに所在する部屋を彫り場として構えている。
部屋のドアを開けるとそのまま待合室になっていて、小さな合皮のソファーと本棚とテーブルが5畳ほどの部屋に置かれている。
よくある町医者の待合室のようにも見えるがそれと違うのは、打出の小槌を携えた大黒様の木像、お釈迦様の像、箱が潰れかけた箱ティッシュ、灰がこびりついた丸い灰皿、ビニールカバーを外そうとしたが途中で外すのをやめた形跡のあるエアコンのリモコンがテーブルの上に雑多に置かれていることと、壁にびっしりと――人生においてまるで馴染みがないものたち――龍を背中一面に彫ったお尻丸出しの男性の写真、和服を着て座禅を組む老人と若い柏木が並ぶモノクロ写真、不動明王のお札、鹿を鉈で殺した後に6ヶ月地中に埋めて白骨化させたという鹿の頭蓋骨などが、びっしりと飾られている点だ。

(私はそれらを一つ一つじっくりと眺めた日の夜、鹿の頭蓋骨を被り打出の小槌も持った刺青だらけの裸の男たちが家に押し寄せてくるという最悪の悪夢にうなされ目が覚めた。)

待合室の奥にあるドアを開けると彫り部屋と呼ばれる8畳ほどの部屋があり、視覚的に情報量が多く目がチカチカするような部屋に圧倒される。
一番奥には壁に沿ってビニールの敷かれた内科で使うようなベッドがあり、ベッドには大きな蛍光灯が向けられている。
そのすぐ横にある棚の中には顔料が所狭しと並んでいて、その中に一体だけ「刃牙」のキャラクター「花山薫」のフィギュアが飾られていることが不自然極まりない。
だが慣れない場所でおどおどしていた私は、知っているキャラクターのフィギュアを見つけたことで心の緊張が緩んだ。

決して広くはないその彫り場を心が安らぐ「安全地帯」と呼び、客は1日2〜3人が絶え間なく訪れる。そのほとんどが常連だ。
柏木の客のほとんどは裏社会の人間だという。

「ヤクザは刺青をたくさん入れれば入れるほど偉い」と柏木は表現する。
偉いとは決して階級のことではないが、帰属意識を感じさせることに繋がるのだろう。
柏木の客同士でケンカになりそうなことがあっても、互いの彫師が彼だということが分かると話が丸く収まり仲良くなったという話を耳にする機会は多い。
その度に柏木は大きく安堵する。ヤクザのケンカは多くの人を巻き込むからだ。

常連の紹介でしか新規の客を取らず、新たに絵柄を彫ってもらうための予約は2ヶ月は待たなければならない。
その技術力と人望を買われ、過去には2000年代にミリオンセラーを連発したアーティストのMVやCDジャケットに使用するペイントを任されたり、アジア圏で広く知られる写真家のモデルらへのペイントをするなど、その活躍は和彫りだけには留まらない。

柏木の身体は顔と首と手のひら以外の全てが細やかな柄の和彫りで覆われており、趣味の格闘技により肉体は鍛えられている。
表情にほとんど変化がないため一見気難しそうに見えるその物腰は柔らかく、その口調は時々小さな子供を思わせる。
私と年は離れているが、彼が先輩風を吹かせたり、上から目線で話をしてきたことは一度もない。

彫師としての来歴

彼はどのようにして彫師という仕事にたどり着いたのだろう。

柏木は16歳の時に知人の彫師の元で初めて自分の身体に風神の刺青を入れたが、その出来はひどくぎこちないものだった。
彫師の腕への不信感から、次に雷神の刺青を入れる時は自分で絵を描いたものを持って行った。彫師に持っていった絵を見せて「このまま彫ってください」と頼むと、その彫師に絵の上手さを見込まれて彫り師にならないかと誘われた。

「誘いは断った。下手な人を尊敬できないし、その人がヤクザだったから。その人の弟子になったら自動的にヤクザになるわけだからそれは嫌だなと思って。ヤクザになるのが嫌なのはやめるときに小指落とさなきゃいけないから」

「なぜそんなに若い年齢で刺青を入れたいと思ったの?」

「亡くなった友人が入れてた刺青がきっかけ。周りの仲間は彼の死を受け止めることが辛いからどんどん彼のことを忘れていくけど、俺は忘れないと決めていた。でも時間が経つごとに忘れたくなってる自分がいた。それに気がついたとき驚いて、彼が入れていた雷神風神を入れた」

人生には思い出すのも嫌な悲しい出来事、苦しい経験や記憶の一つや二つは誰にでもあるのではないだろうか。
それは脳がもたらす自己防衛本能であり、忘れていった者を誰も責められるはずもない。どんなに大事な者を失った悲しみが襲いかかってもその先の人生があるからだ。

私は幼い頃から記憶力が良い方で、幼い頃に見た悪夢や小学生の頃に同級生に言われた心ない一言、母親からの暴力を今でも覚えている。
それは私にストレスをもたらすため少しでも脳の劣化による忘却を望み、長期間ベンゾジアゼピン系の睡眠薬を飲み続けた。

そんな私と対極にある柏木の行動は、私から見れば自傷行為だ。
愛する人の存在を身体に彫って共に生きようとする者は多い。しかし悲しみを起因とした自傷のような刺青は珍しいのではないだろうか。

「私は悲しみを忘れられなかったらきっと狂ってしまう」とつい溢すと、柏木は「ずっと狂ってるよ」と呟いた。

その言葉を受けて、私は質問をした。

「子供の頃から狂っていたなら、ヤクザだと分かっている彫師と接するのも怖くなかった?」

「怖くなかったよ。最初に大きなケンカをした相手がヤクザだったから」

「どういうこと?」

「大きなケンカの内容は(様々な人に)迷惑がかかるから言えないけど、小さなケンカは例えば、当時付き合っていた彼女に酷いことをした不良の家に金属バット持って殴りに行くとか、そういうこと」

「やり返されるのが怖くなかったの?大きなケガをするかもしれないのに」

「当時は自分自身がどうなろうがどうでもよかった。大事にされて育ってない人って自己肯定感が低いでしょう」

大事にされて育ってない人は自己肯定感が低い。
その言葉に引っかかりを感じ、柏木が育った家庭環境をさりげなく聞いてみると

「とても言えない」

という答えが返ってきた。

彼は視線を下に向けて腕を組み始め、その仕草から警戒心と拒絶を感じたためこの話を深く追及することはしなかった。
柏木は「友人の家庭環境も悪かった。でも俺ほどはいなかったね」と付け加えた。

一体どんな劣悪な環境だったと言うのだろう。
暴力、ネグレクト、借金、ドラッグ、反社の駒。
想像し得る限りの環境を頭の中に思い描いてもそれらは想像の枠から出ることはない。彼の家庭環境を想像することはすぐに止めた。
人の痛みを勝手な想像でねじ曲げることは、ひどく傲慢で暴力的だからだ。

柏木は初めて刺青を入れてから十年ほど、用心棒や飲食店などのアルバイトを転々としながら格闘技に励んでいた。その間ずっと彫師という仕事の選択肢のことも頭から消えなかった。
格闘技をやり切った柏木は彫り師の修行を始めようと先輩たちに「上手い彫り師に弟子入りしたい」と相談する。
すると「箔をつけるなら守天一門が有名だ」という助言を受け、二代目守天の元に弟子入りをした。

守天一門とは、初代・守天氏から始まった彫り師たちの集合体である。
彼は刺青を閉鎖的な世界から一般に開放した第一人者であり、二代目は1970年代に西洋で扱われていた多色彫りを研究し和彫りに取り入れ、痛みを最小限を抑える転写の技法を取り入れた。
更に和彫りに対応できるロータリーマシーンを初期に開発した刺青界のパイオニアとされている。

柏木は数日かけて頼み込む覚悟で二代目守天氏(以下、師匠)の元へ向かったため、すぐに承諾されて拍子抜けした。
その当時は運よく弟子を広く募っていたタイミングだったのだ。

彫師の修行は『墨摺り3年、便所掃除5年』と言い伝えられていたが、幸運にも墨摺りに苦労した師匠のもとで修行を始めたため柏木が墨摺りをすることはなかった。
だが実際の修行は終わりが見えない。
何年後に卒業できるかなどの決まり事がないからだ。住み込みで師匠の世話を焼き、兄弟分同士で練習を行い、時々彫方や絵を師匠に教わって自分の足を彫ったり仲間同士で彫り合う。
もう兄弟分と一緒に生活したくないと厳しいからすぐにやめるといった者もいれば、十年弟子を続ける者もいる。

兄弟の身体で刺青を練習した後は、友人を練習台にして彫ることが許される。
通常は練習台を見つけてくるのが困難だが、柏木には練習台になりたいという希望者が殺到した。愚連隊や不良といった素行の悪い友人を数多く持つ柏木には毎日のように「練習台になりたい」と言う連絡が絶えなかったのだ。
そこで毎日長時間彫りすぎてしまう柏木を心配した師匠は、柏木の練習台の人数を制限する場面もあった。

兄貴分のアキラ

一門という集まりの呼称に馴染みはないが、構造はヤクザと一緒である。
トップに師匠が君臨し、それを取り囲むように門下生がいるのだ。
一門は盆と正月は連休になるため地元へ帰省する者が多いが、柏木とその兄貴分・アキラには帰る家がなかった。
アキラは誰の愚痴を言うこともなく嫉妬から人の揚げ足を取るようなこともしなかった。そういった人間が柏木の生活の中に登場することは稀であった。
柏木が毎日のように友人を彫って練習する姿を見た友人の少ない先輩は嫉妬心から彼の粗探しをして嘲笑したが、アキラは「真面目に取り組んでるんだな」と褒めてくれた。

アキラは「刃牙」「ドラゴンボール」といった格闘系の漫画が好きで、夜になるとタコ部屋の隅で漫画を読んでいた。
アキラが読み終えた漫画を柏木が読んでいると「どのキャラが好き?」「好きな漫画ある?」と話しかけてきて何度も漫画への集中が途切れた。
またある日は柏木が買ってきたジュースを「一口ちょうだい!」と言って一口で半分近く飲み干し、飲み過ぎじゃないかと抗議する柏木に向かって「一口は一口だ」と言い訳をした。
まともに中学校の授業を受けなかった二人はまるで中学生のような話題を好んだ。仲を深めながら柏木はアキラのことを「兄貴」と呼び始め、心を開くようになった。

柏木とアキラは互いに独立してからも頻繁に連絡を取り合っていた。
アキラが「レースクイーンと合コンするけど来る?」とわざわざ電話をしてきたので楽しみとは悟られないように、でもその日を心待ちにしていた。しかし何ヶ月経っても開催されず、柏木が伏目がちに「兄貴、合コンはいつ?」と聞くとアキラは「女の子と連絡が取れなくなった」とバツが悪い顔をした。
夏には女性にナンパをしようと江ノ島までバイクを走らせたが「お前が声をかけろ」となすりつけ合うだけで、結局二人は誰にも声をかけずに帰路に着いた。

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かとうゆうか

1993年生まれ。マーダーミステリー作家。シナリオを担当したマーダーミステリーに「償いのベストセラー」「無秩序あるいは冒涜的な嵐」「ザ キャリーオン ショウ」などがある。共著に「本当に欲しかったものは、もう Twitter文学アンソロジー」。

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