よみタイ

「おじさんはなぜ〇〇なのか?」というクレームが押し寄せる社会学者の質問箱【こんな質問が来る 第2回】

「そんなこと言ったって、一緒にやっていくしかないんだから」

 ひょっこりひょうたん島を思い浮かべる人もいるだろう。僕らの世代だったらロボダッチの「島」シリーズかもしれない。いずれにせよ、わずらわしい浮世から離れて、気の合う者だけで愉快に過ごす孤島暮らしはいつの時代も理想郷の原風景である。それがつまり、おじさんの理想郷「おじさん島」である。

 しかし、いつかそんな日が来たとして(来るわけはないのだが)、夜の浜辺で、波の音とねっとり歌い上げるおじさんカラオケを遠くに聞きながら、僕はこんなことを思うかもしれない。

──果たして、これでよかったのだろうか

 そういえば、あれは夏の始まりのころの金曜の夜だったろうか。やかましいけど安い駅前の居酒屋。アルミの灰皿にタバコの灰を落としながら、うちのゼミの学生が後輩の人間関係の悩みに、こんな助言をしていた。

「そんなこと言ったって、一緒にやっていくしかないんだから」

 お、いいことを言うじゃないか、と、めんどくさいから横で見物していたおじさんは感心する。

 昨今の風潮ではなかなか口に出しにくい種類のアドバイスである。僕だって、そんな言葉を誰かにかけたのはいつが最後だったか思い出せない。でも、本当はその言葉をかけてあげなくちゃいけなかった人の顔は何人も思い浮かぶ。それなのに、である。

 われながら姑息な中年だなと思いながら、溶けた氷ですっかり薄くなった梅酒のソーダ割を飲み干す。本当に大切なことなのに、言わない。それはとても「めんどくさい」ことだから。まったく、おじさんが「**い」のはこういうところだよなと、こうして、また新しくおじさんの**ポイントを発見してしまう。

 結局、人と人とはどこかで折り合いをつけなくちゃいけない。

 そういえば人間関係リセット症候群という言葉をしばしば聞くようになった。今の若い人たちの中にはすぐに人間関係をリセットしたがる人が増えている……ということらしい。しかし、僕らのような仕事の人間はまずその言葉のウラを読む。

 たとえば、親子がかつてより親密になり、「親子は仲良くしなくてはいけない」と多くの人が以前よりも強く考える時代になったからこそ、ある種の親を否定的に表現する「毒親」という言葉が生まれたといえる。人間関係リセット症候群という言葉にしても、それが生まれること自体、この時代が、何度リセットしようとしてもSNSなど種々の網の目でしつこく絡みついてくる人間関係と格闘し続けなくてはいけない時代であることの証左ともいえる。

「一緒にやっていくしかないんだから」

 この時代を生きる彼らの方がずっと切実にそのことを受け止めて、新しい折り合いをさがしながら日々を生きているのかもしれないな、などと思う。その折り合いのつけ方は僕らが思うより、きっと、ずっと多様でありうるということなのだろう。

 とはいえ、しかし、それでも、やはり。ふと島の浜辺に打ち寄せる優しくも寂しい波の音を思う自分がいる。これはおじさんの宿題だな、と思う。

(第2回・了)

 次回連載第3回は12/24(水)公開予定です。

1 2

[1日5分で、明日は変わる]よみタイ公式アカウント

  • よみタイ公式Facebookアカウント
  • よみタイX公式アカウント

新刊紹介

中井治郎

(なかい・じろう)
1977年、大阪府生まれ。社会学者。龍谷大学社会学部卒業、同大学院博士課程単位取得退学。著書に『パンクする京都』『観光は滅びない』『日本のふしぎな夫婦同姓』がある。

X(旧Twitter)@jiro6663

週間ランキング 今読まれているホットな記事