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「おじさんはなぜ〇〇なのか?」というクレームが押し寄せる社会学者の質問箱【こんな質問が来る 第2回】

「ジロウ」というX(旧Twitter)のアカウントをご存じだろうか?
社会学者の中井治郎さんが運用するこのアカウントには、匿名で質問を投稿できるウェブサービスを通して毎日50個以上の質問が届く。
ジロウがXに返答やリアクションを載せると、たびたびSNS上での「バズ」や時に「炎上」が起きる……

前回は「ジロウ」こと中井治郎さんが、そんな不可思議な「質問箱」の状況を綴ってくれました。
今回は質問箱の定番になっている(?)「おじさんはなぜ〇〇なのか?」という質問についてのお話です。
イラスト/みやままひろ
イラスト/みやままひろ

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日本中の見知らぬおじさんへのクレームが集まる

 たとえば、こんな質問がくる。

「なんで、おじさんって、みんな**いんですか?」

 形式上は疑問文だが、もちろん答えを求めているわけではない。怒りや不満の表明である。とにかく誰かに聞いて欲しいということなのだろう。**の部分についてはいくつかバリエーションがある。だいたい、いたたまれない文字が入る。いずれにせよ、あなたの脳裏を最初によぎった言葉があなたにとっての正解である。

 困ったなあと思う。困ったなあと思いつつ、「そんなことはない!」と質問者に異議を申し立てたくなるようなことは、ほぼない。たしかにそこで糾弾される事案には、どれも思い当たるフシしかない。

 あなたたちは一日のうちのかぎられた時間だけおじさんと付き合って、そんなおじさんの一部分だけを見て好き勝手言っているに過ぎない。しかし、僕は24時間365日つねにおじさんなのだ。朝、ゾンビのように寝床を這い出た瞬間から、夜、だらしなくスマホを握りしめたまま白目をむいて寝落ちするその瞬間まで。1秒の漏れもなくおじさんなのだ。

 だからこそ、おじさんが縛り上げられている面倒なしがらみ、知らぬ間に周囲を威圧する権力勾配、日に日に衰えていく健康や自信、そして内に抱えた繊細でやるせない葛藤も、よく知っている。おじさんがあなた達の前でそのようにふるまう理由も、より精細な解像度で、日々痛みとともに体感している。そして、そのうえで、やはり思う。

「たしかに、おじさんは**い」と。

 そのようなことで、もう50も近いおじさんのやっている質問箱だと言っているのに、それだからこそなのか、とにかく日本中の見知らぬおじさんへのクレームがなぜか僕のもとへ集まってくる。

 基本的には「おじさんに迷惑をかけられた」という形のクレームになるのだが、ひとくちに迷惑といってもその種類は多岐にわたる。職場のおじさんによる典型的なハラスメント案件から、「ジャズシンガーとツーショット撮ろうとしたら知らないおじさんが写真に入ってきた」、「短パンのおじさんの脚がつるつるで往生際が悪いと思ってしまった」など、誰が悪いわけでもないはずなのだけど、それでも「こないだおじさんがさ~」と誰かに愚痴をこぼしてシェアしないとうまくその経験を消化できないモヤモヤ案件までさまざまである。

 しかし、日々、わが質問箱にやってくるクレームに慣れすぎてうっかり「なるほど。そうかもしれない」などと、わきの甘い回答で相槌でも打とうものなら、それまでどこにも行き場のなかった恨みが大量の質問となって押し寄せてくることになる。

 ネットにはさまざまな双方向コミュニケーションの遊びがあるが、配信のコメントとちがって質問箱はリアルタイムのコミュニケーションではない。しかし、質問箱ではしばしば、多くの人が申し合わせたように同時に同種の質問を大量に送るビッグウェーブが発生する。そして、「おじさん」という文字列もそのビッグウェーブを触発するリスクの高いワードのひとつである。

 個々にお互いの様子がわからないはずの、それぞれ孤立しているはずの人々の心に電流が走る。一斉に同期したかのように、それまでそれぞれの胸にため込まれていた行き場のない思いの蓋がアンロックされる。硬く重い水門が開くように、無数の傷口が開く。そして次の瞬間には怒涛の奔流となるのである。いくらスクロールしても終わりなく続く、大量のおじさんへの恨みの濁流だ。

 ちょっと待って、ちょっといったん待って。なぜか僕の胸が痛い。なんだか呼吸もしにくくなってきた。だから、ちょっと待って。

 そして、ついに耐えかねた僕は、荒ぶる人々を説き伏せるために、また自分自身の保身のために、いつも決まった「夢」を語り始めるのだ。

ジロウ @jiro6663
ほんとごめん。もし僕が独裁者なら、この国のおじさんを一人残らず瀬戸内海の無人島に送り込んで二度とシャバに帰ってこれないようにして、最後、僕も舟を漕いでその島へ渡るのに。僕が独裁者でなくてほんとごめん。

午後11:53 · 2018年3月12日

ジロウ @jiro6663
僕のおじさん島構想(僕が独裁者に就任した暁には全おじさんを無人島に送り込んで、みんなで昼はゴルフかサバゲをして夜はビール飲みながらBBQして世間に迷惑をかけないように死ぬまで楽しく隔離される)も似たような構想だな。

午後5:38 · 2021年2月24日

ジロウ @jiro6663
自活自治のコミュニティを構築していた『デンデラ』とちがって、たぶんおじさん島は3ヶ月くらいで崩壊する『蝿の王』コースだと思うので、対岸から「なんか最近おじさんの鳴き声が聞こえないな…」と思ったら、島の見える丘にひとつだけ小さな碑を立てて、そしてどうか僕らのことは忘れてください。

午後1:07 · 2020年6月29日

 約束しよう。いつか僕が強大な権力を手にすることがあったなら、大きな船を造ろう。そして、僕はこの国のすべてのおじさんとともに船へと乗り込み、島へ渡ろう。そこで昼はサバゲかゴルフ、日が沈んだら浜辺でビールとBBQ。毎晩、平成カラオケで盛り上がって、ガンダムの解釈で朝までケンカをしよう。僕たちおじさんは、おじさんだけで残りの人生を生きていくのだ。この、おじさん島で。

 そうすれば、もう誰も傷つくことはない。

 そんなやけくその与太話を語り終えるころには、拳を振り上げていた人々も気が済んだのか、三々五々散っていく。こうして質問箱につかの間の平穏が訪れる。

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新刊紹介

中井治郎

(なかい・じろう)
1977年、大阪府生まれ。社会学者。龍谷大学社会学部卒業、同大学院博士課程単位取得退学。著書に『パンクする京都』『観光は滅びない』『日本のふしぎな夫婦同姓』がある。

X(旧Twitter)@jiro6663

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