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ブンゴウ泣きたい夜しかない。~文豪たちのなんだかおかしい人生劇場

【文豪と猫】「ノラやお前はどこへ行ってしまったのか」〜いなくなった愛猫を思い、ひたすら嘆き、哀しみ、思い続けた内田百閒

ノラの安否が気に掛かり、仕事も手につかないほどの哀しみにくれて

「ノラが昨日のひる過ぎから帰らない。一晩戻らなかった事はあるが、翌朝は帰って来た。今日は午後になっても帰らない。ノラの事が非常に気に掛かり、もう帰らぬのではないかと思って、可哀想で一日じゅう涙止まらず。やりかけた仕事の事も気に掛かるが、丸で手につかない」(『ノラや』より)

突然ノラがいなくなったことで、いてもたってもいられず、仕事も手につかなくなってしまう百閒先生。元気にしているだろうか?今ごろどうしているだろうか?と、ノラが心配で食事もろくにのどを通らず、いつ帰ってくるかと涙する毎日。
報せを聞いて駆け付けた弟子の平山三郎は「真逆まさかと思った。あの気むずかしい、謹厳な大先生が、猫がどこかへ行って戻らないだけのことでおろおろする筈がない、まして涙を流して猫の名を呼びつづけているなどとは想像することもできない」と当時のことを振り返っています。

百閒の落ち込みようを知った百閒の友人や弟子たちは毎日のようにノラを探し回り、警察に捜索願も出します。迷い猫のビラを刷り近所に配ったり新聞の折り込みチラシとして配達し、もしかしたら外国人の家に迷い込んでそのまま飼われているのかもしれない、と英語版のビラまで刷って配ります。

5回にわたって印刷された迷い猫のビラは総計約2万枚にも及んだといいます。
それでもノラは見つからない。

1回目の猫探しのチラシ/公益財団法人岡山県郷土文化財団所蔵
1回目の猫探しのチラシ/公益財団法人岡山県郷土文化財団所蔵

外で戸の鳴る音がすると、ノラが帰ったのでは?と起き、雨が降ると、かわいそうにどこかでずぶ濡れになっているかもしれない……と泣き崩れる百閒先生。心配のあまり眠れない日々が続き、精神神経鎮静剤の試供品を飲もうかとも考えますが、ぐっすり眠ってしまってノラの気配を聞き逃しては困ると躊躇します。
百閒の弟子でありドイツ文学者の高橋義孝が酔っぱらって百閒に電話してきて「殺されて三味線の皮に張られていますよ」(『ノラや』より)と心無いことを言った時も泣き崩れ、高橋を出入り禁止にしました。

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進士素丸

しんじ・すまる●1976年2月生まれ。ライター・文筆家。「文豪どうかしてる逸話集」(KADOKAWA)著者。文豪や歴史にまつわるツイートも話題に。
雑誌・ウェブ媒体などに寄稿しつつ、映像制作やデザインなども手掛ける。

Twitter●@shinjisumaru

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